びまして、米を買ったり何かして、来年まで居ても差支えないように成りました。その中《うち》に彼《あ》の辺は雪がます/\降って来ますると、旅人の往来が止りまする事で、丁度足溜りには都合が好《よ》いと云って、九月の二十日からいたして十一月の三日の日まで泊って居りましたが、段々と頭の毛も生えるが、けれども急には生えは致しません。宿屋の亭主は気が利いていて、年はとって居るが。多分に手当をして呉れるから[#「呉れるから」は底本では「呉るれから」]有難いお客だと云って、何か御馳走をしたいと山へ往って、小鹿を一匹撃って来まして、
又「おい婆さん/\」
婆「あい何だえ」
又「小鹿を一匹撃って来たよ」
婆「何処《どこ》で」
又「あの雪崩口《なだれぐち》でな、何もお客様に愛想がねえから、温《あった》まる様に是れを上げたいものだ、己がこしらえるからお前味噌で溜りを拵《こしら》えて、燗鍋《かんなべ》の支度をして呉んな」
 とこれから亭主が料理をしてちゃんと膳立ても出来ましたから、六畳の部屋へ来て破れ障子を明けて、
又「はい御免」
永「いや御亭主か」
又「まことに続いてお寒いことでございます、なれども沢山も降りませんでまア宜うございますが、是からもう月末《つきずえ》になって、度々《たび/\》雪が降りますると道も止りますが、まア/\今年は雪が少ないので仕合せでござります、さぞ日々御退屈でございましょう」
永「いゝやもう種々《いろ/\》お世話に成りまして、それに此の尼様が坂道で足を痛めて歩けぬと云うこと、殊に寒さは寒しするから、気の毒ながら来年の三月迄は御厄介じゃア」
又「へい有難いことでございます、毎日婆アともはア然《そ》う申して居ります、あなた方がお泊りでございますから、斯《こ》うやって米のお飯《めし》のお余りや上酒《じょうしゅ》が戴いて居《お》られる、こんな有難い事はございませんと云って、婆アも悦んで居ります、何《ど》うかなんなら二三年もおいでなすって下されば猶宜いと存じます、なんで此の山家《やまが》では何もございませんが、鹿を一匹撃って参りまして調《こし》らえましたが、何うか鹿で一杯召上って、あの何ですかお比丘尼様は鹿は召上りませんか」
永「いや、何《なん》じゃ、それは何とも、まア一体は食われぬのじゃけれどもなア、旅をする中《うち》は仕方がない、却《かえ》って寒気を凌《しの》ぐ為に勧めて食わせるくらいだから、薬喰《くすりぐい》には宜《え》いわな」
又「左様でげすか、鹿は木実《きのみ》や清らかな草を好んで喰うと申すことで、鹿の肉は魚よりも潔《きよ》いから召上れ、御婦人には尚お薬でございます……おい婆さん何を持って来て、ソレこれへ打込《ぶっこ》みねえ、それその麁朶《そだ》を燻《く》べてな、ぱッ/\と燃《もや》しな……さア召上りまし、此方《こっち》の肉《み》が柔かなのでございますから、さア御比丘様」
梅「有難う存じます、まア本当に斯《こ》う長くお世話に成りますとも思いませんでしたが、余《あんま》り御夫婦のお手当が宜《よ》いから、つい泊る気になりました」
婆「何う致しまして、もうこんな爺《じゞい》婆《ばゞ》アで何もお役には立ちませんから、どうか御退屈でない様にと申しましても、家もない山の中でございますから、外《ほか》に仕方もございません、どうか何時《いつ》までもいらしって下されば仕合せでと、爺も一層蔭でお噂致して居りますよ……爺さんお相手をなさいよ」
又「さアこの御酒を召上りませ、それから鍋は一つしかございませんから取分けて上げましょう」
永「いや皆|此処《こゝ》で一緒の方が宜《え》いから」
又「左様でげすか、いろ/\又|爺《じゞい》婆《ばゞあ》の昔話もございますから、少しはお慰みにもなりましょうと思いまして……婆さん、どうも美《い》い酒だのう、宜かろう何うだえ、えゝこの御酒はあの古河町へ往《い》かなければないので、又|醤油《したじ》が好《よ》いから甘《うま》いねえ、これでね旦那様、江戸の様な旨い味噌で造ったたれを打込《ぶちこ》んで、獣肉屋《もゝんじいや》の様にぐつ/\遣《や》れば旨いが、それだけの事はいきません、どうも是では旨くはないが、これへ蕨《わらび》を入れるもおかしいから止しましょう……へえお盃を戴きます、私《わたくし》も若い時分には随分|大酒《たいしゅ》もいたしましたが、もう年を取っては直《すぐ》に酔いますなア、それでも毎晩|酣鍋《かんなべ》に一杯位ずつは遣《や》らかします」
 と差《さ》えつ押《おさ》えつ話をしながら酒宴《さかもり》をして居りましたが、其の内にだん/\と爺さん婆さんも微酔《ほろよい》になりました。
永「何うだい、お前方は何うも山の中にいる人とは違い、また言葉|遣《づか》いも分るから屹度《きっと》苦労人の果《はて》じゃろう、万事に宜
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