る身の越度《おちど》、本人が和尚さんとか納所とか云われる身の上になったからと云って、今|私《わし》が親父《おやじ》だと云っても、顔を知りますまいし、殊《こと》に向うは出家で堅固な処へ、何だか気が詰って往《い》けませんなれども、その話を聞いて一度尋ねて行《い》きたいとは思って心掛けては居りますが、たとえ是れで死にました処が、旦那様何でございます、まア其の本人《むこう》が坊主でございますから、死んだと云う事を風の便りに聞いて、本当の親と思えば、死んだ後《のち》でも悪《にく》いとは思いますまいから、お経の一遍位は上げてくれるかと思って、それを楽しみに致して居《い》る訳で」
永「なるほど然《そ》うかえ」
又「へえ……まことに長《なが》っ話《ぱなし》を致しまして」
婆「本当にお退屈様で嘸《さぞ》お眠うございましょう、此の通り酔うとしつこう御座いまして、繰返し一つことを申しまして……さア、此方《こっち》へお出でよう」
又「宜《いゝ》やな」
婆「誠にお邪魔さまで……さア…此方へお出でよ、また飲みたければお飲《あが》りな」
 と手を引いてお澤《さわ》と云う婆さんが又九郎を連れて部屋へ参りました跡で、
梅「旦那々々」
永「えゝ」
梅「もう、此処《ここ》には居られないからお立ちよ、早くお立ちよ」
永「立つと云っても直《すぐ》に立つ訳にはゆかん」
梅「いかぬたってお前さん怖いじゃア無いか、此処は剣《つるぎ》の中に這入って居るような心持がして、眞達の親父と云う事が知れては」
永「これ/\黙ってろ、明日《あした》直に立つと、おかしいと勘付かれやアしないかと脛《すね》に疵《きず》じゃ、此の間も頼んで置いたが、広瀬《ひろせ》の追分《おいわけ》を越える手形を拵《こしら》えて貰って、急には立たぬ振《ふり》をして、二三日の中《うち》にそうっと立つとしようじゃア無いか」
梅「何うかしてお呉んなさい、私は怖いから」
 とその晩は寝ましたが、翌朝《よくあさ》になりますと金を遣《や》って瞞《ごま》かして、何うか斯《こ》うか広瀬の追分を越える手形を拵えて貰い、明日立とうか明後日《あさって》に為《し》ようかと、こそ/\支度をして居りますると、翌日|申《なゝつ》の刻下《さが》りになりまして峠を下って参ったのは、越中富山の反魂丹を売る薬屋さん、富山の薬屋さんは風呂敷包を脊負《しょ》うのに結目《むすびめ》を堅く縛りませんで、両肩の脇へ一寸《ちょっと》挟みまして、先をぱらりと下げて居ります。懐には合口《あいくち》をのんで居る位に心掛けて、怪しい者が来ると脊負《しょっ》て居る包を放《は》ねて置いて、懐中の合口を引抜くと云う事で始終|山国《やまぐに》を歩くから油断はしません。よく旅慣れて居るもので御座ります。一体飛騨は医者と薬屋が少ないので薬が能《よ》く売れますから、寒いのも厭《いと》わずになだれ下りに来まして。
薬屋清「やア御免なさいませ」
又「おやこれはお珍らしい……去年お泊りの清兵衞さんがお出《いで》なすった、さア奥へお通りなさい、いやどうも能く」
清「誠に、是れははや、去年は来《け》まして、えゝ長《なが》えこと御厄介ねなり居《お》りみした、いやもう二度《ねど》と再び山坂を越えて斯《こ》う云う所へは来《け》ますまいと思うて居りみすが、又慾と二人連れで来《け》ました……おや婆様この前は御厄介になりみした、もうとても/\この山は下りは楽だが、登りと云うたら足も腰もめきり/\と致して、やアどうも草臥《くたぶ》れました、とても/\」
又「今夜はお泊りでげしょう」
清「いや然《そ》うでない、今日は切《せ》みて落合まで行《よ》く積《つもり》で」
又「婆さん今日は落合までいらっしゃるてえが仕方が無いのう、まア今夜はお泊りなさいな、この頃は米が有ります、それに良い酒もありますからお泊りなさい、お裙分《すそわけ》をしますから」
清「いや然うは往《よ》きませぬ、何《ど》うでも彼《こ》うでも落合まで未《ま》だ日も高いから行《よ》こ積りで」
又「それは仕方が無いなア、然うでしょうがまア一杯飲んで」
清「いゝや……」
又「そんな事を云わずに、これ婆さん早く一杯…」
婆「能くお出でなさいました、去年は誠にお草々《そう/\》をしたって昨宵《ゆうべ》もお噂をして居りました」
又「清兵衞さん、去年お泊《とまり》の時に、私の忰は高岡の大工町の宗慈寺と云う寺に這入って、弟子に成って居ると云う貴方《あなた》のお話が有ったが、眞達と云う忰は達者で居りますかな」
清「いや何うも是《こり》ゃはや、それを云おう/\と思って来《け》たが、お前《ま》さん余《あんま》り草臥《くたぶ》れたので忘れてしまったが、いや眞達さんの事に就《つ》いてはえらい事になりみした」
又「へいどうか成りましたか」
清「いやもうらちくち[#「らちくち」に傍
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