た。又|災《わざわい》も三年置けばと申す譬《たと》えの通りで、二十五歳《にじゅうご》の折に逃げて来ました其の時に、大の方は長くっていかぬから幾許《いくら》かに売払ったが、小が一本残って居りましたから、まさかの時の用心にと思って短かいのを一本差して、恐々《こわ/″\》藤屋七兵衞の宅へ帰って来まして、
永「さア早く急げ/\」
 と云うので、お梅は男の様な姿に致しまして、自分も頭にはぐるりと米屋冠《こめやかぶ》りに手拭を巻き付けて皆|形《なり》を変えましたが、眞達も其の後《あと》からすっとこ冠りを致し、予《かね》て袈裟文庫を預けて有ったが、これはまた何処《どこ》へ行っても役に立つと思って、その文庫をひっ脊負《しょ》って、せっせと逃出しました。これから富山《とやま》へ掛って行《ゆ》けば道順なれども、富山へ行くまでには追分《おいわけ》から堺《さかい》に関所がございますから、あれから道を斜《はす》に切れて立山《たてやま》を北に見て、だん/″\といすの宮から大沓川《おおくつがわ》へ掛って、飛騨《ひだ》の高山越《たかやまごえ》をいたす心でございますから、神通川《じんつうがわ》の川上の渡しを越える、その頃の渡し銭は僅《わず》か八文で、今から考えると誠に廉《やす》いものでござります。無暗《むやみ》に駈通しに駈けまして、五里足らずの道でございますが、恐いが一生懸命、疵《きず》持つ足に笹原走ると、草臥《くたびれ》を忘れて夜通し無暗に逃げて、丁度大沓へ掛って来ますると、神通川の水音がどうーどっと聞える。山から雲が吹出しますと、ぱら/\/\と霙《みぞれ》が額へ当ります。
永「あゝー寒い、大分《だいぶ》遅れた様子じゃな、眞達はまだ来ぬかな……眞達ようー/\」
眞「おおい」
永「早う来んかなア」
眞「来《こ》うと云うたてもなア、お梅はんが歩けんと云うから、手を引張《ひっぱ》ったり腰を押したりするので、共に草臥れるがな、とても/\足も腰も痛んで、どうも歩けぬので」
永「確《しっ》かりして歩かんではいかぬじゃアないか」
梅「歩かぬじゃいかぬと云ったってお前さん、休みもしないで延続《のべつゞ》けに歩くのだもの、何《ど》うして歩けやアしませんよ」
永「しらりと夜が明け掛って来て、もうぼんやり人顔《ひとがお》が見える様に成って来るが、この霙の吹掛《ふっか》けでぱったりと往来は止まって居《い》るが、今にも渡し
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