出るのは」
繼「はい然《そ》う旦那様が笈摺を拵《こしら》えた事までも御存じでございますれば、お隠し申しは致しません、叔父さん…萬助さんお前さんにも永々御厄介に成りましたけれども、私の親父を殺して逃げたのは、永禪和尚と継母《まゝはゝ》お梅の両人《ふたり》に相違ございません、小川様のお調べでも親を殺したのは永禪和尚と分って居り、永禪和尚は元は榊原様の家来で水司又市と申す侍と云う事も、小川様のお調べで分って居りますが、お父さんが非業に殺され堂の縁の下から死骸が出ましたのを見てから、寝ても覚めても今迄一|時《とき》も忘れた事はございません、実に悔しいと思いまして、夜も枕を付けると胸が塞《ふさ》がり、枕紙の濡れない晩は一晩もございません、それで何うかお父さんの敵《かたき》を打とうと思いましても、十一や十二では迚《とて》も打つことは出来ませんが、もう十六にも成りましたし、お弟子さんのお話に三十三番札所の観音様を巡りさえすれば、何《ど》んな無理な願掛《がんが》けでも屹度《きっと》叶うということを聞きまして、何うせ女の腕で敵を打つ事は無理でございますが、三十三番の札を打納《うちおさ》めたら、観音様の功力《くりき》で敵が打てようかと存じまして、それ故私は西国巡礼に参りたいので、実は笈摺も柄杓《ひしゃく》[#ルビの「ひしゃく」は底本では「ひゃくし」]も草鞋までも造ってございますから、誠に永々お世話様に成りましたのを、ふいと出ては恐れ入りますが、いよ/\参る時はお断り申そうと思って居りましたところ、ちょうど只今お話が出ましたから隠さずにお話し申します、何卒《どうぞ》叔父さんからお暇《ひま》を頂いて巡礼にお出しなすって下さい、私は江戸に兄が一人有りまして、今では音信《いんしん》不通、縁が切れては居りますが、その兄が達者で居りますれば、それが力でございますから、兄弟二人で敵を打ちまする心得、何《いず》れ無事で帰って来ましたら、御恩返しも致しましょうから、何卒叔父さん和尚様にお暇《いとま》を頂いて敵討《かたきうち》にお遣《や》りなすって下さいまし」
萬「旦那様え、敵討え、旦那様」
和「いやはや何うもえらい事を云い居《お》るな、何うじゃろう萬助」
萬「どうも、飛んだ事を云い出しました……敵討……年の行《い》かぬ身の上で、お父さんの敵を討ちたいというのは善々《よく/\》此の子も口惜《くや》しいと見
前へ
次へ
全152ページ中103ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング