見て逃げようと思い、只今上げます、些《ちっ》とばかり旅銀《ろぎん》も有るから差上げますから、手をお放しなさいと云うと、ほっと手が放れるが否《いな》[#ルビの「いな」は底本では「いや」]や、転がり落ちて死ぬるか生《いき》るか二つ一つと、一生懸命谷へ駈け下《お》り逃げたが、比丘尼は外《ほか》へ行《ゆ》く処はない、お前さんの処《とこ》へ来るに相違ないと思ったが、未だ来ませんか」

        四十二

やま「あれまア、余《あん》まり遅うお立で、途中で間違が有ってはいけませんと思いましたが、それは/\お比丘様は今にお出《いで》でしょうからお上りなすって……山之助お草鞋《わらじ》でおいでなさるから足を洗って」
又「いや怖い目に遭いました、あゝ心持が悪い、二三人できら/\するのを抜きました故な、此方《こっち》も命がけで切抜けました故、疵《きず》を受けたかも知れぬ、着物に血が着いて居るようで」
山「足を洗ってお上りなさい」
又「はい、私《わし》は怖くて胸の動気が止まらない、どうぞ度胸定めに酒を一杯下さい」
 と是から酒を飲んで空々しい事を云って寝ましたが、此方《こちら》は真実《まこと》と心得伯父に話をすると、惠梅比丘尼の行方《ゆくえ》を尋ねますと、月岡村の雪崩法寿院《なだれほうじゅいん》という寺の山清水の流れに尼の死骸が有ると云うので、その村の人々が気の毒な事と云うて、彼方《あちら》へ是を葬りました事が、翌日の日暮方に分りましたので、
山「何《なに》ともお気の毒様で申そう様《よう》もございません」
又「いや私《わし》も今聞きましたが、山之助さん、まア情ないことに成りました、私は盗人《ぬすびと》に胸倉を取られて居る、惠梅は取られた胸倉を振切って先へ駈下りたなれどなア、女子《おなご》で足は弱し、悪い奴に取囲まれ、切られて死んだかと思えば憫然《ふびん》じゃなア、月岡の寺へ葬りになりましたとは知らずに居りましたが、左様かえ、致し方はない、何うも情ないことで」
山「誠にお気の毒様、嘸《さぞ》お力落しでございましょう」
又「年を取って女房に別れるは誠に厭な心持じゃア、大きに御苦労を掛けましたが何うも仕方がない、不思議の因縁じゃアに依って山之助さん、お前さん方も月岡まで寺参りに往って下さい、私《わし》も比丘を葬りました其のお寺で法事でも為《し》て貰いたい、よく/\因縁の悪いと見えてまア是れ
前へ 次へ
全152ページ中94ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング