情ない、出家を遂げても剣難に遭うて死ぬは、何ぞ前世の約束で有りましょう、実に胸が痛うて成らん、お酒を一杯下さらんか」
 と其様《そん》な事を云っては酒ばかり飲んで居りますが其の夜部屋に這入って寝ますと、水司又市はぐう/\と空鼾《そらいびき》を掻いて寝た振りをして居ります。山之助おやまも寝ました様子でございますから、そうッと起きまして、おやまの寝て居ります後《うしろ》の処へ来まして、横にころりと寝まして、おやまの□□襟の間へ手を入れましたから。おやまは眼を覚《さま》し、
やま「何をなさる」
又「静かに」
やま「えゝ恟《びっく》り致しました、何をなさるので」
又「おやまさん、私《わし》はお前さんに面目ないが、実は命がけで年にも恥じずお前さんに惚れました、それ故に此の間酔った紛れに彼様《あん》な猥《いや》らしい事を云かけて、お前さんが腹を立てゝ愛想尽《あいそづか》しを云うたが、何と云われても致し方はないと私は真実お前に惚れて、是からは何処へも行く処はない身の上じゃアに依って、私がお前さんの家《うち》の厄介者になり、まア年も往《い》かぬ若い姉弟《きょうだい》衆の力になる心得で、何《ど》の様にも真実を尽すが、なれどもお互いに此の気の置けぬ様に生涯一つ処に居る事は、□□れて居ないでは居られるものではないなア、本《もと》が他人じゃアが年を取って居るから亭主《ていし》に成ろうとは云わぬが、只《たっ》た一度でも□触れて居れば、是から先お前が亭主を持とうとも、どう成っても其処《そこ》が義理じゃ、追出しもせまい、是程まで思詰めたから只た一度云う事を聴いて下さい」
 と云われ余りの事に腹が立ちますから起上って、おやまは又市の顔を睨《にら》みつけ、
やま「只た今出て行って下さい、呆れたお方だ、怖いお方だ、何ぞと云うと命を助けた疵が出来たと恩がましい事を仰しゃって猥《いや》らしい、此の間は御酒の機嫌と思いましたが、今の様子のは御酒も飲まずに白面《しらふ》の狂人《きちがい》、そんな事を仰しゃっては実に困ります、そんなお方とは存じませんで伯父も見損じました、只《たっ》た今出て行って下さい」
又「お前、何で私《わし》が是程まで惚れたに愛想尽しを云って、年を取って男は醜《わる》くも、それ程まで思うてくれるか憫然《ふびん》な人という情《じょう》がなければ成らぬが何んで其の様に憎いかえ」

       
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