有るか」
梅「打《ぶ》ったのは悪いが、お前さんも彼様《あん》な事をお云いだから、私も打ったのじゃアないか」
又「打ったで済むか、殊《こと》に面部の此の疵《きず》縫うた処が綻《ほころ》びたら何うもならん、亭主の横面を麁朶《そだ》で打つてえ事が有るか、太《ふて》え奴じゃア汝《おのれ》」
 と拳を固めて、ぽんと惠梅比丘尼の横面《よこつら》を打ったから眼から火が出るよう。
梅「あゝ……痛い、何をするのだね、何を打つのだよ」
又「打ったが何うした」
梅「呆れてしまう、腹が立つなればね、宿屋へ泊って落著《おちつ》いてお云いな、何もこんな夜道の峠へかゝって、人も居ない処へ来て打擲《ぶちたゝ》きするは余《あんま》りじゃアないか、此処《こゝ》で別れるとお云いのはお前見捨てる了簡かえ」

        四十一

又「己は愛想《あいそ》が尽きて厭になった、ふつ/\厭になった、坊主頭を抱えて好《よ》い年をして嫉妬《やきもち》を云やアがるし、いやらしい事ばかり云うから腹が立って堪《たま》らんわい、人中だから耐《こら》えて居た、殊《こと》に亭主の頭を打《ぶ》ちやアがって、さア是れで別れよう」
梅「呆れてしまった、私を見捨てる…あ痛い何をするのだね、何《ど》うも怖ろしい人じゃアないか、腹立紛れに打ったのは悪いと謝まるじゃアないか、こんな峠へ来て何だねえ、私を見捨てゝ行処《ゆきどころ》のない様にして何うする気だねえ」
又「何うも斯《こ》うもない、一大事の事を嫉妬紛《やきもちまぎ》れにぎゃア/\云って、二人の首の落るを知らぬか、余《あんま》り馬鹿で愛想が尽きた」
梅「愛想が尽きたってお前さん」
又「さっ/\と行《ゆ》け」
梅「あれ危い、胸を突いて谷へでも落ちたら何うするのだね、本当に怖い人だ、それじゃア何だね私にお前愛想がつきて邪魔になるから、お前の身の上を知って居るから谷へ突落して殺す了簡かえ」
又「えゝ知れた事だ」
 と云いながら道中差の小長いのを引抜きましたから、お梅は驚きまして、ばた/\/\/\逃げかゝりましたなれども、足場の悪い城坂峠、殊には夜道でございますから、あれ人殺しと声を立てに掛ったが、相手は亭主、そこは情と云うものが有るから、人殺しと云ったら人でも出て来て、二人の難儀に成りはしないかと思い、
梅「あれ気を静めないか、全く別れるなら話合いに」
 と言掛けまするが、最《も》う取上《
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