山口の薬師堂に居た時に私《わし》は寺男に這入ったので」
やま「それでも夜分は一緒に御寝《げし》なるじゃアございませんか」
又「御寝なるたって彼奴《あいつ》が薬師堂に居た時、私《わし》は奉公に這入ったが、彼奴も未だ老朽《おいくち》る年でもないから、肌寒いよって、この夜着の中へ這入って寝ろと云うので、拠《よんどこ》ろなく這入って寝たが、婆ア比丘尼じゃアから厭で/\ならん、お前がうんと云うてくれゝば、惠梅に別れて、私は此処《こゝ》の家へ這入って働き男になり、牛《うし》馬《うま》を牽《ひ》いたり、山で麁朶《そだ》をこなし、田畑へ出て鋤《すき》鍬《くわ》取っても随分お前の手助けしようじゃアないか、然《そ》うして置いて下さい」
やま「そんな事を仰しゃっては困ります、それでは明日《あした》にも直《すぐ》にお発足《たち》遊ばして下さい、私《わたくし》は御恩になったお方ゆえ大事と思うから手厚くお世話をするのでございます、それを恩に掛けるなれば、私も随分貴方へ御恩報じと思って出来ないながらも看病して居る心得でございます、はい」
又「お前のように堅く出られては面白くない、そんな事を云わずに」
 と無理遣りに手を取って引寄せまする。この時は腹が立ちますから殴付《はりつ》けてやりたいと思うが、そこは命を助けられた恩義が有るから、余り無下にしても愛想尽《あいそうづか》し気の毒と存じまして、おやまは何うしようかともじ/\して居ります。

        三十九

 又市は増長して無理に引付け、髯《ひげ》だらけの頬片《ほうぺた》をおやまに擦《こす》り付けようとする処《ところ》へ、帰って来たは惠梅に山之助でございますが、山之助は気の毒だから後《あと》へ下《さが》る。惠梅は腹を立って、麁朶《そだ》を持って二三度続けて殴ったから胆《きも》を潰《つぶ》して、
又「いや帰ったか」
梅「まことに呆れてしまって……おやまさん、さぞ腹が立ちましたろう、私も恟《びっく》りしました、山之助さんにも誠にお気の毒で、お前さん何をするのだよ、おやまさんにさ」
又「誠に困ったなア、今御馳走が出たので一杯|遣《や》った処《ところ》、つい酔うてそのな、酒を飲めば若い女子《おなご》に冗談をするは酒飲《さけのみ》の当り前だ、突然《いきなり》打《ぶ》ちやアがって、打たんでも宜《え》いわ」
梅「おやまさんお腹も立ちましたろうが堪忍して下
前へ 次へ
全152ページ中88ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング