え、また鹿でも打ちに往《ゆ》くのかえ」
又「えゝ黙って居ろ、婆さん己は奥へ行って掛合ってな、何処《どこ》までも彼奴ら二人に白状させるつもりだが、きゃアとかぱアとか云って逃げめえものでもねえ、若《も》し逃げに掛ったら、手前《てめえ》は此の細口《ほそくち》から駈出して、落合の渡しへ知らせろ、此方《こっち》は山手だから逃げる気遣《きづか》いはない、えゝ心配するな」
 と山刀《やまがたな》を帯《さ》して片手に鉄砲を提《さ》げ、忍足《しのびあし》で来て破れ障子に手を掛けまして、窃《そう》っと明けて永禪和尚とお梅の居ります所の部屋へ参って、これから掛合《かけあい》に成りますところ、一寸一息つきまして。

        二十八

 又九郎は年五十九でございますが、中々きかん気の爺《おやじ》で、鉄砲の筒口《すぐち》を押し握ってそっと破れ障子を開けると、此方《こちら》はこそ/\荷拵《にごしら》えを致して居る処《ところ》へ這入って来ましたから、覚《さと》られまいと荷を脇へ片付けながら、
永「誰じゃ」
又「へい爺《じゞい》でございます」
永「おや是は/\、さア此方《こちら》へお這入りなさい、未《ま》だ寝ずかいのう」
又「まだ貴方《あなた》がたもお寝《やす》みでございませんか」
永「寝ようと思っても寒うて寝られないで、まだ起きて居ました」
又「へい早速お聞き申したいことが有って参りましたが、貴方がたのお国は、何処《どちら》でございますかな」
永「うーん何《なん》じゃ、私《わし》は大聖寺《だいしょうじ》の者じゃ」
又「大聖寺へえー、大聖寺じゃアありますまい、貴方がたは越中の高岡のお方でございましょうがな」
永「うゝんイヤ私《わし》は大聖寺の薬師堂の尼様のお供をして来た者じゃア、何で高岡の者とお前が疑って云いなさるか」
又「お隠しなさってもいかねえ、貴方は高岡の大工町宗慈寺という真言寺の和尚様で、永禪さんと仰しゃるだろうね」
永「何を言うのじゃ、そんな詰らぬ事をそれは覚えない、何《ど》ういう事で私《わし》を然《そ》う云うか知らぬけれども、それは人違いだろう」
又「隠してもいけません、そちらの惠梅様というお比丘尼|様《さん》は前町の藤屋という荒物屋の七兵衞さんのお内儀《かみさん》で、お梅さんと云いましょうな」
永「何を詰らぬ事……飛んだ間違いでお前の事をあないな事を云う」
梅「まア何うもねえ、
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