「はい/\。主「手拭《てぬぐひ》は無《な》いか、……無《な》ければ遣《や》る……これ/\古手拭《ふるてぬぐひ》を出《だ》して遣《や》んな、……ソレ此手拭《これ》で縛《しば》るが宜《い》い、アレサ然《さ》う裂《さ》かなくつても宜《い》いやな、……無《な》ければ復《ま》た古《ふる》い手拭《てぬぐひ》を遣《や》るよ……。乞「はい/\有難《ありがた》う存《ぞん》じます。
 俄盲目《にはかめくら》で感《かん》が悪《わ》るいけれども、貰《もら》つた手拭《てぬぐひ》で傷《きず》を二重《ふたへ》ばかり巻《ま》いて、ギユツと堅《かた》く緊《し》めますと、薬《くすり》の効能《かうのう》か疼痛《いたみ》がバツタリ止まりました。乞「旦那様《だんなさま》、誠にまア結構《けつこう》な薬《くすり》でございます、有難《ありがた》う存《ぞん》じます、疼痛《いたみ》がバツタリ去《さ》りましてございます。主「それは去《さ》るよ、極《よ》く効《き》く薬《くすり》だもの……其《そ》の子《こ》はお前《まへ》の子《こ》かえ。
 乞「はい忰《せがれ》でございます。主「幾歳《いくさい》になる。乞「はい六歳《むツつ》になります。主「六歳《むツつ》か……吾家《うち》の子供《ばう》は、袴着《はかまぎ》の祝日《いはひ》で今日《けふ》は賓客《きやく》を招《よ》んで、八百膳《やほぜん》の料理《れうり》で御馳走《ごちそう》したが、ヤア彼《あ》れが忌嫌《いや》だの是《これ》が忌嫌《いや》だのと、我意《だだ》ばかり云《い》ふのに、僅《わづ》か六歳《むツつ》でありながら親孝行《おやかうかう》に、まア此寒《このさむ》いのに可愛《かあい》い手で足を撫《なで》てゝ遣《や》るところは何《ど》うだえ、……可愛想《かあいさう》だなー、……彼《あ》の残余《あま》つた料理《もの》があつたツけ……賓客《きやく》の残《のこ》した料理《もの》が皿《さら》の内《なか》に取つてあるだらう、……アーそれさ、……乃公《わし》の家《ところ》で今日《けふ》は小供《ばう》の袴着《はかまぎ》の祝宴《いはひ》があつて、今《いま》賓客《きやく》が帰《かへ》つたが少しばかり料理《れうり》の残余《あま》つたものがあるが、それをお前《まへ》に上《あ》げたいから、なにか麪桶《めんつう》か何《なに》かあるか、……麪桶《めんつう》があるなら出《だ》しな。乞「はい/\、まア結構《けつこう》なお薬《くすり》を頂《いたゞ》くのみならず、お料理《れうり》の残余物《あまりもの》まで下《くだ》され、有難《ありがた》う存《ぞん》じます、左様《さやう》ならこれへ頂戴《ちやうだい》致《いた》しますと、襤褸手拭《ぼろてぬぐひ》へ包《くる》んであつた麪桶《めんつう》を取出《とりだ》して、河合金兵衛《かはひきんべゑ》の前《まへ》へ突出《つきだ》すのを、金兵衛《きんべゑ》手に取つて見ますると、遠州《ゑんしう》所持《しよぢ》の南蛮砂張《なんばんすばり》の建水《みづこぼし》でございます。主「まアお前《まへ》、結構《けつこう》な建水《こぼし》だが此建水《このこぼし》をお前《まへ》は、何《なに》か麪桶《めんつう》の代《かは》りに使《つか》ふのか。乞「はい最《も》う何《な》にも彼《か》も売《う》り尽《つく》しましたが、此品《これ》は私《わたくし》の秘蔵《ひざう》でございますから、此品《これ》だけは何《ど》うも売却《はな》すことが忌嫌《いや》でございますから、只今《たゞいま》もつて麪桶《めんつう》代《がは》りに傍離《そばはな》さずに使つて居《を》ります。主「ンー、これは恐入《おそれい》つたね、お前《まへ》はお茶人《ちやじん》だね、あゝこれ/\彼《あ》の悪い膳《ぜん》に、……向《むか》う付肴《づけ》が残余《のこ》つて居《ゐ》るのを附《つ》けて、お汁《しる》を附《つ》けてチヨツと会席風《くわいせきふう》にして……乃公《わし》もね茶道《ちや》が嗜《す》きだからね、お前《まえ》が何《ど》うも麪桶《めんつう》代《がは》りに砂張《すばり》の建水《みづこぼし》を持《も》つて居《ゐ》るので感心したから、残余肴《あまりもの》だが参州味噌《さんしゆうみそ》のお汁《しる》もあるから、チヨツと膳《ぜん》で御飯《ごぜん》を上《あ》げたい、さア家内《うち》へ上《あが》つてね、何《なに》もないホンの残余肴《あまりもの》だが御飯《ごぜん》も喫《た》べて下《くだ》さい、さア此処《これ》へお入《はい》り…。乞「へい/\……何《ど》う致《いた》しまして、此通《このとほ》り穢《きたな》うございますから……。主「まア宜《い》いよ/\……此処《こゝ》を明けて置いては、雪が吹《ふ》ツ込《こ》むから疾《はや》く此処《これ》へお入《はい》り、……乃公《わし》が寒いから……。乞「へい/\有難《ありがた》う存《ぞん》じます、何《ど》うも折
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