角《せつかく》のお厚情《なさけ》でございますから、御遠慮《ごゑんりよ》申上《まうしあげ》ませぬでお言葉《ことば》に従《したが》つて、御免《ごめん》を蒙《かうむ》ります。主「どうもお人品《ひとがら》なことだ、違《ちが》ふのうー……さア/\此方《こつち》へお入《はい》り。乞「へい/\。主「足が汚《よご》れて居《ゐ》るな……これ/\徳次郎《とくじらう》/\。徳「はい。主「此処《こゝ》へ来《き》ての、此乞食《このこじき》の足を洗つて遣《や》れ。徳「乞食《こじき》の足《あし》イ……ンー/\/\。主「何《なに》を云《い》つて居《ゐ》る、当時《いま》は事由《ゆゑ》あつて零落《おちぶ》れてお出《い》でなさるが、以前《もと》は立派《りつぱ》なお方《かた》で、士族《しぞく》さんだか何《なん》だか知《し》れないんだよ、大事《だいじ》にしてお上《あ》げ、陰徳《いんとく》になるから。徳「(小声《こごゑ》)陰徳《いんとく》でも乞食《こじき》の足を洗ふのは忌嫌《いや》でございますなア。とグヅ/\云《い》ひながら、忌嫌々々《いや/\》足を洗つて遣《や》る。乞食《こじき》は頻《しき》りに礼《れい》を云《い》ひながら雑巾《ざふきん》で足を拭《ぬぐ》ひ、漸《や》う/\の事で板《いた》の間《ま》へ坐《すわ》つて、乞「どうも何《なに》から何《なに》までお厚情《なさけ》に預《あづ》かりまして、有難《ありがた》う存《ぞん》じます。主「これ/\膳《ぜん》を持《も》つて来《き》な……お汁《しる》を熱《あつ》くして遣《や》るが宜《い》い……さア/\お喫《た》べ/\剰余物《あまりもの》ではあるが、此品《これ》は八百膳《やほぜん》の料理《れうり》だから、そんなに不味《まづ》いことはない、お喫《あが》り/\。乞「へい/\有難《ありがた》う存《ぞん》じます……([#ここから割り注]泣きながら伜に向つて[#ここで割り注終わり])まア八百膳《やほぜん》の御料理《おれうり》なぞを戴《いたゞ》きますといふのは、是《これ》はお前《まへ》なんぞはのう、喫《た》べ初《はじ》めの喫《た》べ納《をさ》めだ、斯《か》ういふお慈悲《なさけ》深《ぶか》い旦那様《だんなさま》がおありなさるから、八百膳《やほぜん》の料理《れうり》を無宿者《やどなし》に下《くだ》されるのだ、お礼《れい》を申《まう》して戴《いたゞ》けよ、お膳《ぜん》で戴《いたゞ》くことは、最《も》う汝《きさま》生涯《しやうがい》出来《でき》ないぞ。子「あい……旦那様《だんなさま》お有難《ありがた》うございます。と可愛《かあい》らしい手を突《つ》いて、頸《くび》を横にして挨拶《あいさつ》をします挙動《やうす》が手の突《つ》きやうから、辞儀《じぎ》の仕方《しかた》がなか/\叮嚀《ていねい》でげす。主「ンー……お前様《まへさん》も何《な》んだらうね……。乞「へい/\。主「以前《いぜん》は然《しか》るべきお方《かた》の成《な》れの果《はて》で、まア此時節《このじせつ》が斯《か》う変《かは》つたから、当時《いま》然《さ》ういふ御身分《ごみぶん》に零落《おちぶ》れなさつたのだらうが、何《ど》うもお気の毒なことで…。乞「はい旦那様《だんなさま》私《わたくし》も、賓客《きやく》を招《よ》ぶ時《とき》には八百膳《やほぜん》の仕出《しだし》を取寄《とりよ》せまして、今日《けふ》の向付肴《むかうづけ》が甘酢《あまず》の加減《かげん》が甘味過《あます》ぎたとか、汁《しる》が濃過《こす》ぎたとか、溜漬《たまりづけ》が辛過《からす》ぎたとか小言《こごと》を云《い》つた身分《みぶん》でございますが、当時《いま》罰《ばち》が中《あた》つて斯《か》ういふ身分《みぶん》に零落《おちぶ》れ、俄盲目《にはかめくら》になりました、可愛想《かあいさう》なのは此子供《このこぞう》でございます、何《な》んにも存《ぞん》じませぬで、親《おや》の因果《いんぐわ》が子に※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《めぐ》りまして、此雪《このゆき》の降《ふ》る中《なか》を跣足《はだし》で歩きまして、私《わたくし》が負傷《けが》を致《いた》しますとお父《とつ》さん痛《いた》うないかと云《い》つて労《いたは》つて呉《く》れます、私《わたくし》の心得違《こゝろえちが》ひから斯様《かやう》に零落《れいらく》を致《いた》し、目《め》まで潰《つぶ》れまして、ソノ何《な》んにも知らぬ頑是《ぐわんぜ》のない忰《せがれ》に、斯《か》う難義《なんぎ》をさせますかと思ひますれば、誠にお恥《はづ》かしいことでございます。主「それは/\お気の毒なことだ、貴方《あなた》は以前《もと》はお旗下《はたもと》かね。乞「いえ/\。主「ンー……南蛮砂張《なんばんすばり》の建水《みづこぼし》は、是品《これ》は遠州《ゑんしう》の箱書《はこがき》で
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