坊《ばう》が摩《さ》すつて上《あ》げようか。父「まアまア何《なに》しろ斯《こ》う歇《や》みなしに雪が降《ふ》つては為方《しかた》がない、此家《こ》の檐下《のきした》を拝借《はいしやく》しようか……エー最《も》う日が暮《く》れたからな、尚《な》ほ一倍《いちばい》北風《きたかぜ》が身に染《し》むやうだ、坊《ばう》は寒くはないか。子「あいお父《とつ》ちやん、坊《ばう》は寒くはないけれども、お父《とつ》ちやんが痛からうと思つて……。父「ン、ンー能《よ》く労《いたは》つて呉《く》れるの。子「お父《とつ》ちやん摩《さす》つて上《あ》げようか。父「ンー摩《さす》つて呉《く》れ。子「此処《こゝ》のところかえ……。父「あゝ……有難《ありがた》うよ……何《ど》うもピリ/\痛んで堪《たま》らない……深く切つたと見えて血が止まらない……モシ少々《せう/\》お願ひがございますがな、お軒下《のきした》を少々《せう/\》拝借《はいしやく》致《いた》します……就《つ》きまして私《わたくし》は新入《しんまい》の乞食《こじき》でございまして唯今《たゞいま》其処《そこ》で転《ころ》びましてな、足を摺破《すりこは》しまして血が出て困りますが、お慈悲《なさけ》に何卒《どうか》お煙草《たばこ》の粉末《こな》でも少々《せう/\》頂《いたゞ》きたいもので……エー/\粉末《こな》で宜《よ》いのでございますがな。此家《うち》では賓客《きやく》の帰《かへ》つた後《あと》と見えまして、主人《あるじ》が店《みせ》を片付《かたづ》けさせて指図《さしづ》致《いた》して居《を》りますところへ、表《おもて》から声《こゑ》を掛《か》けますから、主「何《な》んだ……お美那《みな》や何者《なに》か表《おもて》で言つてるぜ。み「なにね新入《しんまい》の乞食《こじき》が参《まゐ》りまして、ソノ負傷《けが》をしたからお煙草《たばこ》の粉末《こな》を頂《いたゞ》きたいつて……。主「然《さ》うか、乞食《こじき》か……待《ま》ちな/\、今《いま》乃公《おれ》が見て遣《や》るから……。と雨戸《あまど》を引いて外の格子《かうし》をがらがらツと明けまして燈明《あかり》を差出《さしだ》して見ると、見る影もない汚穢《きたな》い乞食《こじき》の老爺《おやぢ》が、膝《ひざ》の下《した》からダラ/″\血の出る所を押《おさ》へて居《ゐ》ると、僅《わづ》か五歳《いつゝ》か六歳《むツつ》ぐらゐの乞食《こじき》の児《こ》が、紅葉《もみぢ》のやうな可愛《かあい》らしい手を出して、父親《おや》の足を摩《さす》つて居《を》ります。
 主「おゝ/\……お美那《みな》、可愛想《かあいさう》ぢやアないか……見なよ……人品《ひとがら》の好《よ》い可愛《かあい》らしい子供《こぞう》だが、生来《はら》からの乞食《こじき》でもあるまいがの……あれまア親父《おやぢ》が負傷《けが》をしたといふので、彼《あ》の可愛《かあい》らしい手を出して膝《ひざ》の下《した》を撫《なで》て遣《や》つて居《ゐ》る、あゝ/\可愛《かあい》い児《こ》だ、今《いま》のう良《よ》い薬《くすり》を遣《や》るよ、……煙草《たばこ》の粉末《こな》ぢやア却《かへ》つて可《い》けない、良《よ》い薬《くすり》が有《あ》るから……お美那《みな》や其粉薬《そのこぐすり》を出《だ》して遣《や》んな……此薬《これ》は他《ほか》にない能《よ》く効《き》く薬《くすり》だからな……血止《ちど》めには善《よ》く効《き》くし、直《す》ぐに痛《いたみ》が去《さ》るから、此薬《これ》を遣《や》るから此方《こつち》へ足を出しな。乞「はい/\有難《ありがた》うございます、誠にお檐下《のきした》を拝借《はいしやく》するばかりでも、私《わたくし》は有難《ありがた》いと存《ぞん》じますのに、又々《また/\》お強請《ねだり》申《まう》して、お煙草《たばこ》の粉末《こな》を願ひましたところ、却《かへ》つてお薬を下《くだ》されまして、はい有難《ありがた》う存《ぞん》じます、誠にとんだ負傷《けが》を致《いた》しまして……何《ど》うも相済《あいす》みませぬことでございます、お蔭様《かげさま》で父子《おやこ》の者が助かります、はい/\……。主「さア/\此薬《これ》をおつけ……此薬《これ》はな鎧《よろひ》の袖《そで》というて、なか/\売買《ばいかひ》にない良《よ》い薬《くすり》だ……ちよいと其処《それ》へ足をお出《だ》し、撒《か》けて遣《や》るから…。乞「はい/\有難《ありがた》う存《ぞん》じます。主「それ/\……染《し》みるか、……あと、余《あま》つたのをお前《まへ》に上《あ》げるから此薬《これ》を持《も》つてお帰《かへ》り。乞「はい/\。主「エーまア血が大層《たいそう》流れるが、手拭《てぬぐひ》で縛《しば》らなければ可《い》けない。乞
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