みやまつ》といふ茶屋《ちやや》よ。梅「へえゝ……これは甃石《しきいし》でございませう。近江屋「おや/\よく解《わか》つたね。梅「へえ是《これ》は下駄《げた》を履《は》いて通《とほ》ると、がら/\音がしますから解《わか》りますが、是《これ》は盲人《まうじん》が歩きいゝやうに何処《どこ》へでも敷《し》いて有《あ》るのでせう。近江屋「なアに社内《しやない》ばかりだアね、そろ/\出掛《でか》けようか。梅「へえ有難《ありがた》う存《ぞん》じます、只今《たゞいま》杖《つゑ》を持つてまゐりませう。近「もう杖《つゑ》も要《い》らねえから薬師《やくし》さまへ納《をさ》めて往《い》きな。梅「へえ誠に有難《ありがた》う存《ぞん》じます……へえゝ何《ど》うも日本晴《につぽんば》れがしたやうだてえのは、旦那《だんな》さま此事《このこと》でございませう、本当に有難《ありがた》いことで。近「まア芽出度《めでた》かつた。梅「旦那《だんな》々々《/\》これは何《なん》でげす。近「生薬屋《きぐすりや》の看板《かんばん》だよ。梅「あれは……。近「糸屋《いとや》の看板《かんばん》だ。梅「へえゝ……あれは。近「人が見て笑つてるに、水菓子屋《みづぐわしや》だ。梅「へえゝ……あ彼処《あすこ》に在《あ》る円《まアる》いものは何《なん》です、かう幾《いく》つも有《あ》るのは。近「あれは密柑《みかん》だ。梅「あの色は何《なん》と云《い》ふんです。近「黄色《きいろ》いてえのだ。梅「へえゝ……密柑《みかん》には異《ちが》つたのが有《あ》りますなア、かう細長《ほそなが》いやうな。近「フヽヽあれは乾柿《ころがき》だ。梅「乾柿《ころがき》、へえゝ彼《あれ》は。近「第一の銀行よ。梅「成程《なるほど》噂《うはさ》には聞いて居《を》りましたが立派《りつぱ》なもんですね……あれは。近「橋だ、鎧橋《よろひばし》といふのだ。梅「へえゝ立派《りつぱ》な物《もん》ですね何《ど》うも……あの向うへ往《い》きますのは女《をんな》ぢやアございませんか。近「然《さ》うよ。梅「へえゝ女《をんな》てえものは綺麗《きれい》なものですなア、男《をとこ》が迷《まよ》ふな無理もありませんね。近「あれは何処《どこ》かの権妻《ごんさい》だか奥《おく》さんだか知れんが、人柄《ひとがら》で別嬪《べつぴん》だのう。梅「へえゝ綺麗《きれい》なもんですなア、私共《わたしども》の家内《かない》は、時々《とき/″\》私《わたし》が貴方《あなた》の処《ところ》へお療治《れうぢ》に参《まゐ》つて居《ゐ》ると迎《むか》ひに来《き》た事もありますが、私《わたし》の女房《にようばう》は今のやうな好《い》い女《をんな》ですか。近「ウフヽヽ、アハヽヽ梅喜《ばいき》さん腹《はら》ア立《た》つちやアいけないよ、お前《まへ》ん処《とこ》のお内儀《かみ》さんは失敬《しつけい》だが余《あま》り器量《きりやう》が好《よ》くないよ。梅「へえゝ何《ど》んな工合《ぐあひ》ですな。近「フヽヽ何《ど》んな工合《ぐあひ》だツて……あ彼処《あそこ》へ味噌漉《みそこし》を提《さ》げて往《い》く何処《どこ》かの雇《やと》ひ女《をんな》が有《あ》るね、彼《あれ》よりは最《も》う少し色が黒《くろ》くツて、ずんぐりしてえて好《よ》くないよ。梅「彼《あれ》より悪《わる》うございますと、それは恐入《おそれい》りましたな、私《わたくし》は美人だと思つてましたが、器量《きりやう》の善悪《よしあし》は撫《なで》たツて解《わか》りません……あ……危《あぶね》えなア、何《な》んですなア……是《これ》は……。近「人力車《じんりき》だ。梅「へえゝ眼《め》の見えない中《うち》は却《かへ》つて驚《おどろ》きませんでした、何《ど》うでも勝手にしねえと云《い》ふ気《き》が有《あ》りましたから、眼《め》が明《あ》いたら何《なん》だか怖《こは》くツて些《ちつ》とも歩けません。近「それぢやア車《くるま》に乗《の》せよう、然《さ》うして浅草《あさくさ》の観音《くわんおん》さまへ連《つ》れて往《ゆか》う。と是《これ》から合乗《あひの》りで、蔵前通《くらまへどほ》りから雷神門《かみなりもん》の際《きは》で車《くるま》を下《お》り、近「梅喜《ばいき》さん、是《これ》が仲見世《なかみせ》だよ。梅「へゝえ何処《どこ》ウ……。近「なアにさ、ここが観音《くわんおん》の仲見世《なかみせ》だ。梅「何《なに》かゞございませう玩具店《おもちやみせ》が。近「べた玩具店《おもちやみせ》だ。梅「どれが……。近「あの種々《いろん》なものを玩具《おもちや》と云《い》ふのだ。梅「へえゝ……種々《いろん》な物《もの》が有《あ》りますな、此間《このあひだ》ね山田《やまだ》さんの坊《ぼつ》ちやんが持《も》つていらしつたのを私《わたし》が握《にぎ》つたら、玩具《おもちや》だと仰《おつ》しやいましたが、成程《なるほど》さま/″\の物《もの》が有《あ》りますよ、此方《こつち》も玩具《おもちや》……彼方《あつち》も玩具《おもちや》、其《そ》の隣《となり》も玩具《おもちや》、あゝ玩具《おもちや》を引張《ひつぱ》つて伸《のば》して居《を》ります。近「フヽヽあれは飴《あめ》やだよ。梅「へえゝ成程《なるほど》、此方《こつち》は。近「人形屋《にんぎやうや》。梅「向《むか》うのは。近「料理茶屋萬梅《れうりぢややまんばい》といふのだ。梅「あら/\。近「見《みつ》ともねえなア、大きな声《こゑ》であらあらと云《い》ひなさんな。梅「あれは。近「絵草紙《ゑざうし》だよ。梅「へえゝ綺麗《きれい》なもんですな、撫《なで》て見ちやア解《わか》りませんが、此間《このあひだ》池田《いけだ》さんのお嬢《ぢやう》さまが、是《これ》は絵《ゑ》だと仰《おつ》しやいましたが解《わか》りませんでした。梅「おゝ突当《つきあた》りやがつて、気《き》を附《つ》けろい、盲人《めくら》に突当《つきあた》る奴《やつ》が有《あ》るかい。近「眼《め》が明《あ》いて居《ゐ》るぢやアないか。梅「ヘヽヽ今日《けふ》明《あ》きましたんで、不断《ふだん》云《い》ひ慣《つ》けて居《ゐ》るもんですから。と云《い》ひながら両手《りやうて》を合《あは》せ、梅「南無大慈大悲《なむだいじだいひ》の観世音菩薩《くわんぜおんぼさつ》……いやア巨《おほ》きなもんですな、人が盲目《めくら》だと思つて欺《だま》すんです、浅草《あさくさ》の観音《くわんおん》さまは一|寸《すん》八|分《ぶ》だつて、虚言《うそ》ばツかり、巨《おほ》きなもんですな。近「そりやア仁王門《にわうもん》だ、是《これ》から観音《くわんおん》さまのお堂《だう》だ。梅「道理《だうり》で巨《おほ》きいと思ひました……あゝ……危《あぶな》い。と驚《おどろ》いて飛下《とびさが》る。近「フヽヽ何《なん》だい、見《みつ》ともない、鳩《はと》がゐるんだ。梅「へえゝ豆をやるのは是《これ》ですか……鳩《はと》がお辞儀《じぎ》をして居《ゐ》ますよ。近「なに豆を喰《く》つてゐるんだ。梅「異《ちが》つたのが居《を》りますね、頭《あたま》の赤《あか》い。近「あれは鶏鳥《にはとり》だ……ま此方《こつち》へお出《い》で、こゝがお堂《だう》だ。梅「へえゝ成程《なるほど》、十八|間《けん》四|面《めん》とは聞いてゐましたが、立派《りつぱ》なもんですな。近「さ此《こ》の段々《だん/″\》を昇《のぼ》るんだ。梅「へえ何《なん》だか何《ど》うも滅茶《めちや》でげすな……おゝ/\大層《たいさう》絵双紙《ゑざうし》が献《あが》つてゐますな。近「額《がく》だアな、此方《こつち》へお出《い》で、こゝで抹香《まつかう》を供《あげ》るんだ、是《これ》がお堂《だう》だよ。梅「へえゝ是《これ》が観音《くわんおん》さまで……これは何《なん》で。近「お賽銭箱《さいせんばこ》だ。梅「成程《なるほど》先刻《さつき》も薬師《やくし》さまで見ましたが、薬師《やくし》さまより観音《くわんおん》さまの方《はう》が工面《くめん》が宜《い》いと見えてお賽銭箱《さいせんばこ》が大きい……南無大慈大悲《なむだいじだいひ》の観世音菩薩《くわんぜおんぼさつ》、今日《こんにち》図《はか》らず両眼《りやうがん》明《あきら》かに相成《あひな》りましてございます、誠に有難《ありがた》き仕合《しあはせ》に存《ぞん》じます……。近「梅喜《ばいき》さん、此方《こつち》へお出《い》でよ。梅「へえ……こゝに大層《たいそう》人が立つてゐますな。近「なに彼《あ》りやア此方《こつち》の人が映《うつ》るんだ、向うに大きな姿見《すがたみ》が立つてゐるのさ。梅「此方《こつち》の人が向うへ……(前後《ぜんご》を見返《みかへ》り)え成程《なるほど》近江屋《あふみや》さん貴方《あなた》が向うに立つてゐますな、成程《なるほど》能《よ》く似《に》てゐますこと。近「似《に》てゐる筈《はず》よ、鏡《かゞみ》へ映《うつ》るんだから、並んで見えるだらう。梅「私《わたし》は何方《どれ》で。近「何方《どれ》だツて二人並んで居《ゐ》るだらう。梅「へえ……。首を動かし見て、「成程《なるほど》此方《こつち》で首を振《ふ》るやうに向うでも振《ふ》り、舌《した》を出せば彼方《あつち》でも出しますな。近「止《よ》しねえ、見《みつ》ともねえから。梅「ムヽウ私《わたし》は随分《ずゐぶん》好《い》い男《をとこ》ですな。近「ウン……。梅「私《わたし》は此《こ》の位《くらゐ》な器量《きりやう》を持《も》つてゐながら、家内《かない》は鎧橋《よろひばし》で味噌漉《みそこし》を提《さ》げて往《い》つた下婢《をんな》より悪いとは、ちよいと欝《ふさ》ぎますなア。近「其様《そん》なことを云《い》つたつて為《し》やうがない、さアこゝは奥山《おくやま》だ。梅「へえ……。ときよろ/\してゐる中に、近江屋《あふみや》の旦那《だんな》を見失《みはぐ》つてしまひました。梅「金兵衛《きんべゑ》さアん……近江屋《あふみや》さアん……。と大きな声《こゑ》を出して山中《やまぢう》呶鳴《どな》り歩きます中《うち》に、田圃《たんぼ》の出口《でぐち》の掛茶屋《かけぢやや》に腰を掛《か》けて居《ゐ》ました女《をんな》は芳町辺《よしちやうへん》の芸妓《げいしや》と見えて、お参《まゐ》りに来《き》たのだから余《あま》り好《よ》い装《なり》では有《あ》りません、南部《なんぶ》の藍《あゐ》の萬筋《まんすぢ》の小袖《こそで》に、黒縮緬《くろちりめん》の羽織《はおり》、唐繻子《たうじゆす》の帯《おび》を〆《し》め、小さい絹張《きぬばり》の蝙蝠傘《かうもりがさ》を傍《そば》に置き、後丸《あとまる》ののめり[#「のめり」に傍点]に本天《ほんてん》の鼻緒《はなを》のすがつた駒下駄《こまげた》を履《は》いた小粋《こいき》な婦人《ふじん》が、女「ちよいと梅喜《ばいき》さん、ちよいと。梅「へえへえ何処《どこ》ウ……(彼方《あちら》此方《こちら》を見廻《みまは》す)女「何《なん》だよう、私《わたし》が先刻《さつき》から見てゐると、お前《まへ》がこゝを往《い》つたり来《き》たりしてえるが、眼《め》が開《あ》いて居《ゐ》るから能《よ》く似《に》た人が有《あ》ると思《おも》つてゐたら、矢張《やつぱり》梅喜《ばいき》さんなんだよ、ま何《ど》うしたえ。梅「へえ、今日《けふ》眼《め》が開《あ》きました。女「眼《め》が開《あ》いたえ……だから馬鹿《ばか》には出来《でき》ないものだよ、本当《ほんたう》に神《かみ》さまの御利益《ごりやく》だよ、併《しか》しまア見違《みちが》へるやうな好《い》い男《をとこ》になつたよ。梅「へえ、あなたは何処《どこ》のお方《かた》で。女「いやだよ、大概《たいがい》声《こゑ》でも知れさうなもんだアね、小春《こはる》だよ。梅「え……小春姐《こはるねえ》さんで、成程《なるほど》……美《うつく》しいもんですなア。小春「いやだよ、大概《たいがい》におし。梅「へゝゝお初《はつ》にお目《め》に懸《かゝ》りました。小春「何《なん》だね、お初《はつ》ウなんて。梅「いえ、お顔を見るのはお初《はつ》ウで。
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