一|日《にち》断食《だんじき》をしました、一|心《しん》が届《とゞ》いたものと見えます。×「ムヽウ、まゝ此位《このくらゐ》な目出度《めでた》い事はないぜ。梅「へえ誠に有難《ありがた》う存《ぞん》じます……あなたは何方《どちら》のお方《かた》で。×「フヽヽ何方《どちら》だつて、お前《まへ》毎日《まいにち》のやうに宅《うち》へ来《き》てえるぢやアねえか、大坂町《おゝさかちやう》の近江屋金兵衛《あふみやきんべゑ》だよ。梅「へえ、是《これ》は何《ど》うも誠にへえゝ……あなたは其様《そん》なお顔でございましたか。近江屋「フヽヽ其様《そん》なお顔と云《い》ふものもねえもんぢやアねえか、何《なに》にしても眼《め》の明《あ》いたは共に悦《よろこ》ばしい、ま結構《けつこう》な事で。梅「へえ有難《ありがた》う存《ぞん》じます、毎度また御贔屓《ごひいき》になりまして……これは何《なん》です、一|体《たい》にかう有《あ》るのは……。近江屋「成程《なるほど》な、眼《め》のない人が始めて眼《め》の明《あ》いた時には、何尺《なんじやく》何間《なんげん》が解《わか》らんで、眼《め》の前《さき》へ一|体《たい》に物《もの》が見《み》えると云《い》ふが、妙《めう》なもんだね、是《これ》は薬師《やくし》さまのお堂《だう》だよ。梅「へえゝ、お堂《だう》で、是《これ》は……。近江屋「お賽銭箱《さいせんばこ》。梅「成程《なるほど》皆《みん》ながお賽銭《さいせん》を上《あ》げるんで手を突込《つツこ》んでも取れないやうに…巧《うま》く出来《でき》て居《ゐ》ますなア…あの向《むか》うに二つ吊下《ぶらさが》つて居《ゐ》ますのは…。近江屋「あれは提灯《ちやうちん》よ。梅「家内《かない》などが夜《よる》点《つけ》て歩きますのは彼《あ》れでげすか。近江屋「なに、それはもつと小さい丸いので、ぶら提灯《ぢやうちん》といふのだが、あれは神前《しんぜん》へ奉納《ほうなふ》するので、周囲《まはり》を朱《あか》で塗《ぬ》り潰《つぶ》して、中《なか》へ墨《くろ》で「魚《うを》がし」と書いてあるのだ、周囲《まはり》は真《ま》ツ赤《か》中《なか》は真《ま》ツ黒《くろ》。梅「へえゝ真《ま》ツ赤《か》……真《ま》ツ黒《くろ》旨《うま》く名《つ》けましたな、成程《なるほど》真《ま》ツ赤《か》らしい色で……彼《あ》れは。近江屋「彼家《あれ》は宮松《みやまつ》といふ茶屋《ちやや》よ。梅「へえゝ……これは甃石《しきいし》でございませう。近江屋「おや/\よく解《わか》つたね。梅「へえ是《これ》は下駄《げた》を履《は》いて通《とほ》ると、がら/\音がしますから解《わか》りますが、是《これ》は盲人《まうじん》が歩きいゝやうに何処《どこ》へでも敷《し》いて有《あ》るのでせう。近江屋「なアに社内《しやない》ばかりだアね、そろ/\出掛《でか》けようか。梅「へえ有難《ありがた》う存《ぞん》じます、只今《たゞいま》杖《つゑ》を持つてまゐりませう。近「もう杖《つゑ》も要《い》らねえから薬師《やくし》さまへ納《をさ》めて往《い》きな。梅「へえ誠に有難《ありがた》う存《ぞん》じます……へえゝ何《ど》うも日本晴《につぽんば》れがしたやうだてえのは、旦那《だんな》さま此事《このこと》でございませう、本当に有難《ありがた》いことで。近「まア芽出度《めでた》かつた。梅「旦那《だんな》々々《/\》これは何《なん》でげす。近「生薬屋《きぐすりや》の看板《かんばん》だよ。梅「あれは……。近「糸屋《いとや》の看板《かんばん》だ。梅「へえゝ……あれは。近「人が見て笑つてるに、水菓子屋《みづぐわしや》だ。梅「へえゝ……あ彼処《あすこ》に在《あ》る円《まアる》いものは何《なん》です、かう幾《いく》つも有《あ》るのは。近「あれは密柑《みかん》だ。梅「あの色は何《なん》と云《い》ふんです。近「黄色《きいろ》いてえのだ。梅「へえゝ……密柑《みかん》には異《ちが》つたのが有《あ》りますなア、かう細長《ほそなが》いやうな。近「フヽヽあれは乾柿《ころがき》だ。梅「乾柿《ころがき》、へえゝ彼《あれ》は。近「第一の銀行よ。梅「成程《なるほど》噂《うはさ》には聞いて居《を》りましたが立派《りつぱ》なもんですね……あれは。近「橋だ、鎧橋《よろひばし》といふのだ。梅「へえゝ立派《りつぱ》な物《もん》ですね何《ど》うも……あの向うへ往《い》きますのは女《をんな》ぢやアございませんか。近「然《さ》うよ。梅「へえゝ女《をんな》てえものは綺麗《きれい》なものですなア、男《をとこ》が迷《まよ》ふな無理もありませんね。近「あれは何処《どこ》かの権妻《ごんさい》だか奥《おく》さんだか知れんが、人柄《ひとがら》で別嬪《べつぴん》だのう。梅「へえゝ綺麗《きれい》なもんですなア、私共《わたしども》
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