を曳《ひ》いてやらなけりやア何処《どこ》へも往《い》かれめえ、御飯《おまんま》の世話《せわ》から手水場《てうづば》へ往《い》くまで己《おれ》が附《つ》いてツてやるんだ、月給《げつきふ》を取るんぢやアなし、何《な》んぞと云《い》ふと小言《こごと》を云《い》やアがる、兄《あにき》もねえもんだ、兄《あにき》(狸《たぬき》)の腹鼓《はらつゞみ》が聞いて呆《あき》れると吐《ぬか》しやアがるから、やい此《こ》ン畜生《ちくしやう》、手前《てめえ》は懶惰者《なまけもん》でべん/\と遊んでゐるから、何処《どこ》へ奉公《ほうこう》に遣《や》つたつて置いてくれる者もないから、己《おれ》が養《やしな》つて置くからには、己《おれ》の手を曳《ひ》くぐらゐは当然《あたりまい》だ、何《なに》を云《い》やアがるつて立上《たちあが》つて戸外《そと》へ出たが、己《おれ》も眼《め》が見えないから追掛《おつか》けて出ても仕様《しやう》はなし、あんな奴《やつ》にまで馬鹿《ばか》にされると腹を立つのを、岩田屋《いはたや》の御夫婦《ごふうふ》が心配して、なに松《まつ》さんだつて家《うち》へ帰《かへ》れば姉《あね》さんに小言《こごと》を云《い》はれるから、帰《かへ》つて来《く》るに違《ちが》ひない、なに彼奴《あいつ》は銭《ぜに》を持《も》つてゐる気遣《きづか》ひは有《あり》ませんから、停車場《ステイシヨン》へ往《い》つたツて切符を買ふ手当《てあて》もありませんから、いまに帰《かへ》りませうと待つたが、帰《かへ》つて来《こ》ねえ、処《ところ》で悪い顔もしず、御飯《ごはん》の世話《せわ》から床《とこ》の揚下《あげおろ》しまで岩田屋《いはたや》さん御夫婦《ごふうふ》が為《し》て下《くだ》さるんだが、宜《い》い気《き》になつて其様《そん》なことがさせられるかさせられねえか考へて見ねえ、とてもそれなりに世話《せわ》に成《な》つてもゐられねえから帰《かへ》つて来《き》たのよ。女房「本当《ほんたう》に困るぢやアないかね、私《わたし》も義理《ぎり》ある間《なか》だから小言《こごと》も云《い》へないが、たつた一人の兄《にい》さんを置去《おきざ》りにして帰《かへ》つて来《く》るなんて……なに屹度《きつと》早晩《いま》にぶらりと帰《かへ》つて来《く》るのが落《おち》だらうが、嚥《さぞ》腹が立つたらうね。梅「腹が立つたつて立たねえツてえ、詰《つま》らねえ事《こと》を腹ア立てやアがつて、たつた一人の血を分けた兄の己《おれ》を置去《おきざ》りにしやアがつてよ、是《こ》れと云《い》ふのも己《おれ》の眼《め》が悪いばつかりだ、あゝ口惜《くや》しい、何《ど》うかしてお竹《たけ》や切《せ》めて此《こ》の眼《め》を片方《かた/\》でも宜《い》いから明けてくんなよ。女房「明けてくんなと云《い》つて、私《わたし》ア医者《いしや》ぢやアなし、そんな無理なことを云《い》つたツて私《わたし》がお前《めへ》の眼《め》を明《あけ》る訳《わけ》にはいかないが、苦しい時の神頼《かみだの》みてえ事も有るから、二人で信心《しん/″\》をして、一生懸命になつたら、また良《い》いお医者《いしや》に出会《であ》ふことも有らうから、夫婦で茅場町《かやばちやう》の薬師《やくし》さまへ信心《しん/″\》をして、三七、二十一|日《にち》断食《だんじき》をして、夜中参《よなかまゐ》りをしたら宜《よ》からう。と是《これ》から一生懸命に信心《しん/″\》を始めました。すると一心《いつしん》が通《とほ》りましてか、満願《まんぐわん》の日に梅喜《ばいき》は疲れ果てゝ賽銭箱《さいせんばこ》の傍《そば》へ打倒《ぶつたふ》れてしまふ中《うち》に、カア/\と黎明《しのゝめ》告《つぐ》る烏《からす》諸共《もろとも》に白々《しら/\》と夜《よ》が明け離《はな》れますと、誰《たれ》やらん傍《そば》へ来《き》て頻《しき》りに揺《ゆ》り起《おこ》すものが有ります。×「梅喜《ばいき》さん/\、こんな処《ところ》に寐《ね》て居《ゐ》ちやアいけないよ、風《かぜ》え引くよ……。梅「はい/\……(眼《め》を擦《こす》り此方《こつち》を見る)×「おや……お前《まい》眼《め》が開《あ》いたぜ。梅「へえゝ……成程《なるほど》……是《これ》は……あゝ(両手《りやうて》を合《あは》せ拝《をが》み)有難《ありがた》う存《ぞん》じます、南無薬師瑠璃光如来《なむやくしるりくわうによらい》、お庇陰《かげ》を以《も》ちまして両眼《りやうがん》とも明《あきら》かになりまして、誠に有難《ありがた》う存《ぞん》じます……成程《なるほど》ウ是《これ》は手でございますか。×「然《さ》うよ。梅「へえゝ巧《うま》く出来《でき》てゐますね。×「お前《まへ》何《ど》うして眼《め》が明《あ》いたんだ。梅「へえ実《じつ》は二十
前へ
次へ
全8ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング