えゝ新湊町の屋根屋の棟梁の清次さんという人が、あなたにお目にかゝりたいと申して参りました」
丈「なんだか知れないが病人があって取込《とりこ》んで居《い》るから、お目にかゝる訳にはいかないから、断れよ」
男「是非お目にかゝりたいと申して居ります」
丈「なんだかねえ、此間《こないだ》大工の棟梁にどうも今度の家根屋《やねや》はよくないと云ったから、大方それで来たのだろう、どんな装《なり》をして来たえ、半纒《はんてん》でも着て来たかえ」
男「なアに整然《ちゃん》とした装《なり》をして羽織を着てまいりました」
丈「それではまア此方《こっち》へ通せ」
 と云うので下男が取次《とりつ》ぎますと、清次が重二郎を連れて這入《はい》って来ましたから、重二郎を見るとお兼が奥へ飛んで来まして。
兼「お嬢様、重さんが家根屋《やねや》さんを連れて来ましたよ、此間《こないだ》あなたに愛憎尽《あいそづか》しを云ったのを悪いと思って来たのでしょう」
い「そうかえ、そんなら早く奥の六畳へでもお通し申して逢わしておくれ」
兼「そんな事を仰《おっ》しゃってもいけません、私《わたくし》が今様子を聞いて来ますから」
 と障子の外に立聞《たちぎ》きをします時、
丈「さア此方《こちら》へ/\」
清「へい新湊町九番地にいる家根屋の清次郎と申します者で、始めてお目に懸《かゝ》りました」
丈「はい始めて、私は春見丈助、少し家内に病人があって看病をしたので、疲れて居りますからこれ火を上げろ、お連《つれ》があるならお上げなさい」
清「えゝ少し旦那様に内々《ない/\》お目にかゝってお話がしとうございまして参りましたが、お家《うち》の方《かた》に知れちゃア宜《よろ》しくありませんから、どうか人の来《こ》ねえ所へお通しを願いたいもので」
丈「此間《こないだ》大工の棟梁が来て、家根《やね》の事をお話したから、其の事だろうと思っていましたが、何しろお話を聞きましょう、これ胴丸《どうまる》の火鉢を奥の六畳へ持って往《ゆ》け」
清「旦那、まアお先へ」
 と先《さ》きへ立たせて跡から重二郎の尾《つ》いて来ることは春見は少しも知りません。
丈「これよ、茶と菓子を持って来いよ、かすてらがよいよ、これ/\、何か此の方《かた》が内々《ない/\》の用談があってお出《い》でになったのだから、皆《みん》な彼方《あちら》へ往《い》って、此方《こっち》へ来ないようにするがいゝ、お連れがあるようですね」
清「重二郎さん、此方《こっち》へお這入《はい》り」
重「誠に久しくお目にかゝりませんでした」
丈「おや/\清水の息子さんか、此間《こないだ》は折角お出《い》でだったが、取込《とりこ》んでいて失敬を云って済みません、何かえ清次さんのお連《つれ》かえ」
清「旦那え、私《わっち》が前橋にくすぶって居りましたとき、清水さんの御厄介になりました、その若旦那で、今は零落《おちぶ》れて直《じ》き亀島町にお出《い》でなさるのを聞いて驚きましたから、其様《そんな》にぐず/\していないで、春見様は直《じ》き此の向うにいて立派な御身代になっておいでなさるから、お父《とっ》さんがお預け申した金を返《けえ》してお貰い申すがいゝじゃないかと云っても、若いお方ですから、ついおっくう[#「おっくう」に傍点]がってお在《いで》なさるから、今日は私《わっち》がお連れ申しましたが、どうか七年|前《あと》の十月の二日にお預け申した三千円の金はお返しなすって下さい」
丈「なに三千円、僕が預かった覚えはないが、どう云う訳で重二郎殿が清次さんお前さんにそんな事を云ったのだえ」
清「へい、段々旦那も身代が悪くなって、商法を始めるのに就《つ》いて高利を借り三千円の金を持って東京へ買出《かいだ》しに出て来て、馴染《なじみ》の宿屋もねえ事ですから、元前橋で御重役をなすった貴方《あなた》が、東京へ宿屋を出してお在《いで》なさるから、彼方《あそこ》へ行って金を預けて買出しをすれば大丈夫だと、宅《うち》へ云置《いいお》いて出て来た儘《まゝ》帰って来《こ》ねえで、素《もと》より家蔵《いえくら》を抵当にして借りた高利だから、借財方《しゃくざいかた》から責められ、重さんのお母《っか》さんが心配して眼が潰《つぶ》れて見る影もねえ御難渋《ごなんじゅう》、私《わっち》も見かねて貴方《あなた》へ預けた金を取りに来やした、預けたに違《ちげ》えねえ三千円、元は大小を挿《さ》した立派な貴方、開化になっても士族さんは士族さん、殊《こと》にこれだけの身代で、預ったものを預からないと云っては御名義にも係わりますから、旦那、返《けえ》して遣《や》って下せえな」
丈「お黙んなさい、預かった覚えは毛頭ありません、何を証拠に三千円の金を、私が何《な》んで預りましょう、殊《こと》に七年あと清水さんが私の所へ参った事はありません」
重「それは些《ち》とお言葉が違いましょう、私《わし》が七年|前《あと》に親父《おやじ》を捜しに来た時、成程清水助右衞門が来たと云った事があるが、貴方《あんた》はお侍さんにも似合いませんねえ」
丈「成程それは来ました、さア来ましたが、直《すぐ》に横浜へ往《ゆ》くと云うから、まア一晩泊ったら宜《よ》かろうと云ったが聞き入れず、直《すぐ》に出て往《ゆ》きなすって泊りはせんと云いました」
重「それだからさ」
清「まア黙ってお出《い》でなせえ、旦那え、今三千円の金があれば清水の家も元のように立ちやす、そうすれば貴方《あなた》も寝覚《ねざめ》がいゝから、どうか返して下せえ、親子三人、浮《うか》び上《あが》ります」
丈「浮び上るか沈んでしまうか知りませんが、七年|前《あと》預けたものを今まで取りに来ない筈《はず》はありますまい、殊《こと》に十円や廿円の金じゃアなし、三千円という大金ではないか」
清「旦那静かになせえ証拠のないものは取りに来ません、三千円確かに預かった、入用《にゅうよう》の時は何時《なんどき》でも返《け》えそうという証書があります」
丈「なに証書がある、証書があれば見ましょう/\」
 と春見は心の中《うち》に思うのに、又作を殺し、家《うち》まで焼いてしまったから、証書のある筈《はず》はないと思いまして、気強く、
丈「さア見ましょう/\」
清「旦那、これにあります」
と家根板《やねいた》のような物に挟んである証書を出して、春見に手渡《てわたし》にしませんで、
清「旦那これが証拠でございます」
 と云われた時は流石《さすが》の春見も面色《めんしょく》土の如くになって、一言半句《いちごんはんく》も有りません。
清「旦那え、これだけ立派な証拠があるのに、年月《としつき》が経《た》っても返《けえ》さなければ泥坊より苛《ひど》いじゃねえか、難渋《なんじゅう》を云って頼んでも理に違っちゃアこれ程も恵まねえ世の中じゃアありませんか、何故《なぜ》貴方《あなた》預かった覚えはないと仰《おっ》しゃいました」
丈「お静かにして下さい、/\、実は預かったに違いないが、清水殿が金を預けて横浜へ参り、年月《としつき》を経っても取りに来ないところから、段々僕も微禄《びろく》して此の三千円があれば元の様になれるかと思い、七年経っても取りに来ないからよもや最《も》う取りに来《き》やアしまいと心得て、人間の道にあるまじき、人の預けた金を遣《つか》い、預かった覚えはないと云ったのは重々《じゅう/″\》申訳《もうしわけ》がないが、只今早速御返金に及ぶから、何卒《どうか》男と見掛けてお頼み申すから棟梁さん内聞《ないぶん》にして呉れまいか」
清「そりゃア宜《よろ》しゅうございますが、品《しな》に寄ったら訴えなければならねえが、旦那、無利息じゃアありますまい、貴方《あなた》も銀行や株式の株を幾許《いくら》か持っていなさるお身の上だから、預金《あずけきん》の取扱《とりあつか》い方《かた》も御存じでしょうが、此の金を預けてから七年になるから、七|朱《しゅ》にしても、千四百七十円になりますが、利息を付けて貰わなけりゃアならねえぜ」
丈「至極《しごく》御尤《ごもっと》もでござるから、只今|直《す》ぐに上げます、少しお待ち下さい」
 と直《す》ぐに立って蔵へまいり、三千円の外《ほか》に千四百七十円耳を揃《そろ》えて持ってまいり、
丈「へい、どうかお受取り下さい」
 と出しましたから、数《かず》を改めて、
清「重さんおしまいなさい」
 と云うから、重二郎は予《かね》て用意をして来た風呂敷へ金包《かねづゝみ》を包んで腰へしっかり縛り付けました。
清「旦那金は確《たしか》に受取りましたから証書はお返し申しますが、金ばかりじゃア済みますめえぜ」
丈「三千円返して、証文の面《おもて》に利子を付けるという事はないが、此方《こちら》の身に過《あやま》りがあるから、利子まで付けて遣《や》ったが、外《ほか》に何があるえ」
清「外《ほか》に何も貰うものはねえが、此の金を預けた清水助右衞門さんの屍骸《しがい》を返して貰《もれ》えてえ」
 と云われて春見は恟《びっく》りして思わず後《あと》へ下《さが》ると、清次は膝を進ませて、
「お前さんが七年|前《あと》に清水さんを殺した其の白骨でも出さなけりゃア、跡に残った女房子《にょうぼこ》が七回忌になりやしても、訪《と》い吊《とむら》いも出来やせん」
 と云いながら、ぐるりっと上《あ》げ胡坐《あぐら》を掻きましたが、此の納《おさま》りは何《ど》う相成りましょうか、次回までお預かりにいたしましょう。

     八

 引続きまする西洋の人情噺も、此の一席で満尾《まんび》になります故《ゆえ》、くだ/\しい所は省きまして、善人が栄え、悪人が亡《ほろ》び、可愛《かわ》いゝ同志が夫婦になり、失いました宝が出るという勧善懲悪《かんぜんちょうあく》の脚色《しくみ》は芝居でも草双紙《くさぞうし》でも同じ事で、別して芝居などは早分《はやわか》りがいたしますが、朝幕《あさまく》で紛失した宝物《たからもの》を、一日掛って詮議《せんぎ》を致し、夕方には屹度《きっと》出て、めでたし/\と云って打出しになりますから、皆様も御安心でお帰りになりますが、何も御見物と狂言中の人と親類でも何《なん》でもないに、そこが勧善懲悪と云って妙なもので、善人が苦しむ計《ばか》りで悪人が終《しま》いまで無事でいましては御安心が出来ません。然《しか》し善という事はむずかしいもので、悪事には兎角《とかく》染《そま》り易《やす》いものでござります。彼《か》の春見丈助利秋は元八百石も領《りょう》しておりました立派な侍でありながら、利慾《りよく》のため人を殺して奪いました其の金で、悪運強く霊岸島川口町で大《たい》した身代になりましたが、悪事というものは、何《ど》のように隠しても隠し遂《おお》せられないもので、どうして彼《あ》の人があのように金が出来たろう、何《なん》だか訝《おか》しいねえ、此の頃《ごろ》こういう事を聞いたが、万一《ひょっと》したらあんな奴が泥坊じゃアないか知らんと、話しますを聞いた奴は、直《すぐ》にそれを泥坊だと云い伝え、又それから聞いた奴は尾に鰭《ひれ》をつけて、彼《あ》れは大泥坊で手下が三百人もあるなどと云うと、それから探索掛《たんさくがゝり》の耳になって、調べられると云うようになるもので、天に口なし、人を以《もっ》て云わしむるという譬《たとえ》の通りでございます。彼《か》の春見は清水助右衞門の悴《せがれ》重二郎がいう通り、利子まで添えて三千円の金を返したのは、横着者《おうちゃくもの》ながら、どうか此の事を内聞《ないぶん》にして貰いたいと、それがため別に身代に障《さわ》る程の金高《きんだか》でもありませんから、清く出しましたが、家根屋《やねや》の清次が助右衞門の死骸を出せと云うに驚き内心には何《ど》うして清次が彼《か》の助右衞門を殺した事を知っているかと思い、身を慄《ふる》わせて面色《めんしょく》変り、後《うしろ》の方へ退《さが》りながら小声になって。
丈「清《せい》さん、あゝ悪い事は出来ないものだ、其の申訳《もうしわけ》は春見丈助必らず致しま
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