掛けやんす、清次どん力になって、どうぞ子供|等《ら》二人を可愛《かわい》がっておくんなさいよ」
 と涙ながらに物語りましたから、清次も貰い泣きをして。
清「へい/\それはまアお気の毒な訳で、及ばずながら、何の様《よう》にもお世話を致しますが、私《わっち》も貧乏で有りやすから大《たい》した事も出来ますめえが、あなた方三人ぐれい喰わせるのに心配は有りません」
 と云いながら、おまきに向い。
清「お嬢さん、此処《こゝ》にいらっしゃるのは御子息様でございやすか、始めてお目にかゝります」
重「私《わし》は重二郎と申しやす不調法《ぶちょうほう》ものですが、どうか何分宜しく願います」
清「へい/\及ばずながらお世話致しましょう、私《わっち》はもう帰《けえ》りやす、沢山《たんと》の持合《もちあわ》せはございませんが此処《こゝ》に金が十円有りますから、置いてまいります、お足しには成りますめえが、又四五日の内に手間料が取れると持って来ます」
重「これはどうも戴いては済みません」
 と推返《おしかえ》すを又|押戻《おしもど》して。
清「あれさ取って置いて下せえ、七年|前《あと》に出た旦那が帰《けえ》らねえのは不思議な訳だが、其処《そこ》へ泊って買出しをすると云った、春見屋という宿屋が怪しいと思いますが、過去《すぎさ》った事だから仕方がない、早く私《わっち》が知ったらば、調べ方も有ったろうに、えゝ仕様がねえ、何しろ私は外《ほか》に用がありますから、又|近《ちか》え内にお尋ね申しやす、時節を待っておいでなさい」
母「茶はないがお湯でも上げて、何《なん》ぞ菓子でも上げてえもんだが、貧乏世帯《びんぼうじょたい》だから仕方がない、どうか又四五日内にお出《い》でなすって下さい」
清「又|良《い》いお医者様が有ったらばお世話致します、お構いなすって下さいますな」
 と云いながら立上るから、誠に有難うございますと娘と忰は見送ります。
清「左様なら」
 と清次は表へ出て、誠にお気の毒だと、真実者ゆえ心配しながら、鉄砲洲新湊町へ帰ろうと思いますと、ちらり/\雪の花が降り出しまして、往来はぱったりと途絶え、夜《よ》も余程更けて居ります。川口町から只今の高橋の袂《たもと》へかゝりますと、穿《は》いて居りました下駄《げた》を、がくりと踏みかえす途端に横鼻緒《よこばなお》が緩《ゆる》みました。
清「あゝ痛《いて》え/\、下駄を横に顛覆《ひっくりけえ》すと滅法界《めっぽうけえ》痛《いた》えもんだ、これだこれじゃア穿《は》く事が出来ねえ」
 と独語《ひとりごと》を云いながら、腰を掛《かけ》るものがないから、河岸《かし》に並んで居ります、蔵の差《さし》かけの下で、横鼻緒をたって居りますと、ぴゅーと吹掛けて来る雪風《ゆきかぜ》に、肌が裂《き》れるばかり、慄《ふる》いあがる折《おり》から、橋の袂《たもと》でぱた/\/\と団扇《うちわ》の音が致しまして、皺枯《しわが》れ声で
商「鍋焼饂飩《なべやきうどん》」
 と呼んで居ります所へ、ぽかり/\と駒下駄《こまげた》穿《は》いて来る者は、立派な男で装《なり》は臘虎《らっこ》の耳つきの帽子を冠《かぶ》り、白縮緬《しろちりめん》の襟巻《えりまき》を致し、藍微塵《あいみじん》の南部の小袖《こそで》に、黒羅紗《くろらしゃ》の羽織を着て、ぱっち尻からげ、表附きの駒下駄穿き、どうも鍋焼饂飩などを喰いそうな装《なり》では有りませんが、ずっと饂飩屋の傍《そば》へ寄り。
男「饂飩屋さん一杯おくれ」
饂「へい只今上げます」
 と云いながら顔を見合わせ、
饂「え是は」
男「大《おお》きに待遠《まちどお》だったろうな、もっと早く出ようと心得たが、何分《なにぶん》出入《でいり》が多人数《たにんず》で、奉公人の手前もあって出る事は出来なかった」
饂「待つのは長いもので、おまけに橋の袂《たもと》だから慄《ふる》え上《あが》るようで、拳骨《げんこつ》で水鼻《みずッぱな》を摩《こす》って今まで待っていたが、雪催《ゆきもよお》しだから大方来なかろう、そうしたら明日《あした》は君の宅《うち》へ往《ゆ》く積りだった」
男「此間《こないだ》君が己《おれ》の宅《うち》へ、まア鍋焼饂飩屋の姿で、ずか/\入って来たから、奉公人も驚き、僕も困ったじゃアないか」
又「何《なん》で困る、君は今川口町四十八番地へあの位な構えをして、其の上春見と人にも知られるような身代になりながら、僕は斯様《こん》な不体裁《ふていさい》だ、身装《みなり》が出来るくらいなら君の処へ無心には往《ゆ》かんが、実は身の置処《おきどころ》がなくって饂飩屋になった又作だ、こゝで千円の資本《もとで》を借り、何か商法に取附《とりつ》くのだ、君も又貸したって、宜《よろ》しいじゃアねえか」
丈「それも宜《い》いが、郵便を遣《よこ》すに
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