なた》でございましたか」
清「えゝ、お内室《かみ》さんあんたはまアどうして此様《こんな》にお成りなさいました、十四年|前《あと》お宅で御厄介になりやした家根屋の清次でございやす」
母「おゝ、清次か、おゝ/\まアどうもまア、思いがけない懐かしい事だなア、此様《こんな》に零落《おちぶれ》やしたよ、恥かしくって合《あわ》す顔はございやせんよ」
清「えゝ御尤《ごもっとも》でございやす、あれだけの御身代が東京へ来て、裏家住《うらやずま》いをなさろうとは夢にも私《わっち》は存じやせんでした、お嬢様も少《ちい》さかったから私も気が付かなかったが、観音様のお厨子に旦那のお名前があって分りましたが、承われば旦那には七年|前《あと》お国を出たぎり帰らないとの事、とんだ訳でございやす、忘れもしやせん、私が道楽をして江戸を喰詰《くいつ》め前橋へまいって居《お》って、棟梁の処から弁当を提《さ》げて、あなたの処へ仕事に往った時、私《わっち》アあのくらいな土庇《どびし》はねえと、いまだに眼に附いています、椹《さわら》の十二枚|八分足《はちぶあし》で、大《たい》したものだ、いまだに貴方《あなた》のお暮しの話をして居りますが、あの時|私《わっち》ア道楽の罰《ばち》で瘡《かさ》をかいて、医者も見放し、棟梁の処に雑用が滞《たま》り、薬代《やくだい》も払えず、何うしたらよかろうと思ってると、旦那が手前《てめえ》の病気は薬や医者では治らねえから、是《こ》れから直《すぐ》に湯治《とうじ》に往《ゆ》け、己《おれ》が二十両|遣《や》ると仰《おっ》しゃってお金を下すった、其の時分の弐拾両はたいしたものだ、其の金を貰って草津へ往《ゆ》き、すっかり湯治をして帰りに沢渡《さわたり》へ廻り、身体を洗って帰《けえ》って来た時、旦那が、清次、手前《てめえ》の病気の治るように此の観音様を信心して遣《や》ったから拝めと、お前様《まえさん》もそう云って他人の私を子か何かのように親切にして下さいやして、誠に有難いと思い、其の時の御恩は死んでも忘れやせん、私《わっちゃ》アこれから東京へ帰《けえ》ったが、此の時節に成りやしたから大阪へ往ったり、又|少《ちっ》とばかり知る者があって長崎の方へ往って、くすぶって居て、存じながら手紙も上げず、御無沙汰をしやしたが、漸々《よう/\》此方《こっち》へ帰《けえ》り、今では鉄砲洲の新湊町に居り、棟梁の端くれをいたし、仕手方《してかた》を使う身分に成りましたから、前橋の方へ御機嫌伺いにまいりましょうと思って居りやす所へ、嬉しい一生懸命で拝んだ観音様だから忘れは仕ません、その観音様から清水様のお嬢さんという事が分り、誠に不思議な事でございます、大《たい》した事も出来ませんが、是から先は及ばずながら力になります心持《こゝろもち》でございます、気を落してはいけません、確《しっ》かりしておいでなさい、旦那は七年|前《あと》東京へお出でなされ、お帰りのないのに捜しもしなさらないのかね」
母「はい、能《よ》くまア恩を忘れず尋ねておくんなさいました、今まで情《なさけ》を掛けた者はあっても、此方《こっち》が落目《おちめ》になれば尋ねる者は有りませんが貴方《あんた》も知ってる通り、段々世の中が変って来て、お屋敷がなくなったから御用がない所から、止《よ》せばえゝに、種々《いろ/\》はア旦那どんも手を出したが皆《みん》な損ばかりして、段々|身代《しんでい》を悪くしたんだア、するともう一旗揚げねえばなんねえと云って、田地《でんじ》も家《いえ》も蔵も抵当とやらにして三千円の金を借り、其の金を持って唐物屋《とうぶつや》とか洋物屋《ようぶつや》とかを始めると云って横浜から東京へ買《け》え出しに出たんだよ、ところが他に馴染《なじみ》の宿屋がねえと云って、春見丈助様は前橋様《めえばしさま》の御重役で、神田の佐久間町へ宿屋を出したと云うから、其処《そこ》に泊っていて買《け》え出しをすると云って、家《うち》を出たぎり帰《けえ》らず、余《あんま》り案じられて堪《たま》んねえから、重二郎を捜しにやった所が、此方《こっち》へ来た事は来たが、直《す》ぐ横浜へ往ったが、未《まア》だ帰《けえ》らねえかと云われ、忰《せがれ》も驚いて帰《けえ》り、手分《てわけ》をして諸方を捜したが、一向に知れず、七年|以来《このかた》手紙も来《こ》ねえからひょっと船でも顛覆《ひっくりか》えって海の中へ陥没《ぶちはま》ってしまったか、又は沢山金を持って居りやしたから、泥坊に金を奪《と》られたのではないかと、出た日を命日と思っていたが、抵当に入れた田地家蔵《でんじいえくら》は人に取られ、身代限りをして江戸へ来ても馴染がねえから、何をしても損をしたんだよ、貧乏の苦労をするせいか、とうとう終《しまい》に眼は潰《つぶ》れ、孝行な子供二人に苦労を
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