も態《わざ》と鍋焼饂飩屋又作と書かれては困るじゃねえか」
又「そうしなければ君が出て来《こ》ねえからだ、若《も》し来なければ態《わざ》と何本も/\郵便を遣《や》る積りだ、まア宜《い》いじゃねえか、あれだけの構《かめ》えで、千円ぐらい貸しても宜い訳だ、元は一つ屋敷に居り、君は大禄《たいろく》を取り、僕は小身《しょうしん》もの、御維新《ごいっしん》の後《のち》、君は弁才があって誠しやかに斯《こ》ういう商法を遣《や》れば盛大に成ろうと云うから、僕が命の綱の金を君に預けた所、商法は外《はず》れ、困ってる所へ三千円の金を持って出て来た清水助右衞門を打殺《ぶちころ》し……」
丈「おい/\静かにしたまえ」
又「だから云やアしないから千円の金を貸したまえと斯《こ》う云うのだ」
丈「それが有るから斯うやって金を貸す方《ほう》で、足手《あして》を運んで、雪の降るのに態々《わざ/\》橋の袂《たもと》まで来たのだから、本当に宜《い》い金貸《かねかし》をもって仕合《しあわせ》ではないか」
又「僕も金箱《かねばこ》と思ってるよ、じたばたすれば巡査が聞付けて来るように態《わざ》と大きな声をするぞ、事が破れりゃア同罪だ」
丈「静かに/\、生憎《あいにく》今日は晦日《みそか》で金円《きんえん》が入用《いりよう》で、纒《まと》まった金は出来んが、此処《こゝ》へ五十円持って来たから、是だけ請取《うけと》って置いてくれ、残金《あときん》は来月五日の晩には遅くも十二時までに相違なく君の宅《たく》まで持って往《ゆ》くから待って居てくれたまえ」
又「だから百円だけ持って来てくれというに、刻《きざ》むなア、五十円ばかりの破れ札《さつ》だが、受取って置こう、そんなら来月五日の晩の十二時までに、宜《よろ》しい心得た、千円だぜ」
丈「千円の所は遣《や》るめえもんでもないが、君、助右衞門を殺した時三千円の預り証書を着服したろうから、あれを返して呉れなければいかんぜ」
又「そんなものは有りゃアしねえが、又君が軽く金を持って来て、此の外《ほか》に百円か二百円|遣《や》るからと云えば、預り証書も出めえもんでもねえから、五日の晩には待ち受けるぜ」
丈「もう宅《うち》へ帰るか」
又「五十円の金が入《へい》ったから、直《すぐ》に帰ろう、えゝ寒かった、一緒に往《ゆ》こう」
丈「君は大きな声で呶鳴《どな》るから困るじゃアないか、僕は先へ往《ゆ》くよ」
又「どうせ彼方《あっち》へ帰るんだ、一緒に往《ゆ》こう」
 と鍋焼饂飩と立派な男と連れ立って往《ゆ》きます。此方《こなた》に最前《さいぜん》から図《はか》らず立聞きを致しております清次は驚きました。最も細かい事は小声ですから能《よ》くは分りませんが、清水助右衞門を殺した時に三千円を、という事を慥《たし》かに聞いて、さては三千円の金を持って出た清水の旦那を殺した悪人は、彼等《かれら》二人《ににん》に相違ない、何処《どこ》へ行《ゆ》くかと、見え隠《がく》れに跡を附けてまいりますと、一人《ひとり》は川口町四十八番地の店蔵《みせぐら》で、六間間口《ろっけんまぐち》の立派な構《かまえ》の横町《よこちょう》の方にある内玄関《ないげんかん》の所を、ほと/\と叩くと、内から開《ひら》きを明け、奉公人が出迎えて中へ入る。饂飩屋は亀島橋を渡って、二丁目三十番地の裏長屋へ入るから、窃《そっ》と尾《つ》いて往《ゆ》くと、六軒目の長屋の前へ荷を下《おろ》して、がちりっと上総戸《かずさど》を明けて入るから、清次は心の内で、此奴《こいつ》此処《こゝ》に住んでるのか、不思議な事もあるものだ、清水重二郎様のお宅《たく》は此処から丁度|四軒目《しけんめ》で、一つ長屋に敵同志《かたきどうし》が住んで居ながら、是《こ》れでは知れない筈《はず》だ、よし/\五日の晩には見現《みあら》わして、三千円の金を取返して、清水の旦那の仇《あだ》を復《かえ》さずに置くものか、と切歯《はぎしり》をしながら其の夜《よ》は帰宅致しまして、十二月五日の夜《よ》明店《あきだな》に忍んで井生森又作の様子を探《さぐ》り、旧悪《きゅうあく》を見顕《みあら》わすという所はちょっと一息《ひといき》つきまして、直《す》ぐに申上げます。

     六

 さて重二郎は母の眼病|平癒《へいゆ》のために、暇さえあれば茅場町の薬師《やくし》へ参詣《さんけい》を致し、平常《ふだん》は細腕ながら人力車《じんりき》を挽《ひ》き、一生懸命に稼ぎ、僅《わず》かな銭《ぜに》を取って帰りますが、雨降り風間《かざま》にあぶれることも多い所から歯代《はだい》が溜《たま》りまして、どうも思うように往《ゆ》き立ちません所へ、清次から十円という纒《まと》まった金を恵まれましたので息を吹返し、まア/\これでお米を買うが宜《よろ》しいとか、店賃《たなちん》を納
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