の皿のように禿《は》げて、附け髷《まげ》をして居ますから、お辞儀をすると時々髷が落ちまする、頑丈《がんじょう》な婆さんですから、金がなけりゃ此れを持って往《ゆ》くと云いながら、彼《か》の損料蒲団へ手を掛けようとすると、屏風の中《うち》から母が這《は》い出して。
母「御尤《ごもっと》もでございますが、私の宅《うち》の娘は年は二十五にもなり、体格《なり》も大きいけれども、是迄屋敷奉公をして居りやしたから、世間の事を知らねえ娘で、中々人さまの妾になって旦那さまの機嫌気づまを取れる訳でもございやせん、と申して、お借り申した三円のお金は返さねえでは済みませんが、金はなし、損料布団を取られては私が誠に困りますから」
 と云いながら手探《てさぐ》りにて取出したのは黒塗《くろぬり》の小さい厨子《ずし》で、お虎の前へ置き。
母「これは私《わし》が良人《おやじ》の形見でございまして、七ヶ年|前《あと》出た切《ぎ》り行方《ゆくえ》が知れませんが、大方死んだろうと考えていますから、良人の出た日を命日として此の観音さまへ線香を上げ、心持《こゝろもち》ばかりの追善供養《ついぜんくよう》を致しやして、良人に命があらば、何卒《どうぞ》帰って親子|四人《よったり》顔が合わしていと、無理な願掛《がんが》けをして居りやんした、此の観音さまは上手《じょうず》な彫物師《ほりものし》が国へ来た時、良人が注文して彫らせた観音さまで金無垢《きんむく》でがんすから、潰《つぶ》しにしても大《えら》く金になると、良人も云えば人さまも云いやすが、金才覚《かねさいかく》の出来るまで三円の抵当《かた》に此の観音さまをお厨子《ずし》ぐるみ預かって、どうか勘弁して下さいやし」
ま「お母《っか》さん、とんでもない事を仰《おっ》しゃる、それを上げて済みますか、命から二番目の大切な品では有りませんか」
母「えゝ命から次の大事なものでも拠《よんどころ》ない、斯《こ》ういう切迫詰《せっぱつま》りになって、人の手に観音様が入ってしまうのは、親子三人|神仏《かみほとけ》にも見離されたと諦めて、お上げ申さなければ話が落着《おちつ》かねえではないか、あゝ早く死にてい、私《わし》が死ねば二人の子供も助かるべいと思うが、因果と眼も癒《なお》らず、死ぬ事も出来ましねえ、お察しなすっておくんなさい」
 と泣き倒れまする。
虎「誠にお気の毒ですねえ、おや大層まア立派な観音さま、何《なん》だか知りませんが、まア/\金の抵当《かた》に預って置きましょう、成程|丈《たけ》も一寸八分《いっすんはちぶ》もありましょう、これなれば五円や十円のものはあろう」
 と云いながら艶消《つやけ》しの厨子《ずし》へ入ったまゝ懐へ入れて帰りました。お虎|婆《ばゞあ》は夜《よ》に入《い》って楽《たのし》みに寝酒を呑んでいます所へ入って来たのは、鉄砲洲新湊町《てっぽうずしんみなとちょう》に居りまする江戸屋《えどや》の清次《せいじ》という屋根屋の棟梁《とうりょう》で、年は三十六で、色の浅黒い口元の締った小さい眼だが、ギョロリッとして怜悧相《りこうそう》で垢脱《あかぬ》けた小意気《こいき》な男でございます。形《なり》は結城《ゆうき》の藍微塵《あいみじん》に唐桟《とうざん》の西川縞《にしかわじま》の半纒《はんてん》に、八丈の通《とお》し襟《えり》の掛ったのを着て門口《かどぐち》に立ち。
清「お母《っか》ア宅《うち》か、お虎宅かえ」
虎「誰だえ、おや棟梁さんか、お上《あが》んなさい」
清「滅法《めっぽう》寒くなったのう、相変らず酒か」
虎「棟梁さんは毎《いつ》も懐手《ふところで》で好《い》い身の上だねえ」
清「己《おれ》は遊人《あそびにん》じゃアねえよ、此の節は前とは違って請負《うけおい》仕事もまご/\すると損をするのだ、むずかしい世の中になったのよ」
虎「棟梁さんは今盛りで、好《い》い男で、独《ひと》り置くのは惜しいねえ、姉《あね》さんの死んだのは歳年《いくねん》に成りましたっけねえ」
清「もう五年に成るがお母《っか》アが最《も》う些《ちっ》と若ければ女房《にょうぼ》に貰うんだがのう」
虎「調子の宜《い》いことを云ってるよ」
清「女房《にょうぼ》で思い出したが、此の長屋の親孝行な娘は好《い》い器量だなア」
虎「あれは本当にいゝ娘だよ」
清「顔ばかりじゃねえ、何処《どこ》から何処まで申分《もうしぶん》がねえ女だが、あれを女房《にょうぼ》に貰いていが礼はするが骨を折って見てくれめえか、そうすれば親も弟も皆《みんな》引取っても宜《い》いが、どうだろう」
虎「いけないよ、年は二十五だが、男の味を知らないで、応《うん》とさえ云えば、立派な旦那が附いて、三十円|遣《や》るというのに、まさか囲者《かこいもの》には成らないと云うのだよ、何ういう訳だか、本当に馬鹿気《ば
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