て上げますともさ」
虎「それじゃア持合《もちあわ》せていますから私が立替えて上げるが、端銭《はした》はまけて置いておくれな、明日《あした》一円上げますからさ」
損「宜《よ》うございます、八十銭の損だが、お虎さんにめんじて負けて置きましょう、そんならさっぱりとしたのと取替えて来ます、左様なら」
虎「屹度《きっと》持って来ておくれ、左様なら」
と損料屋の後姿《うしろすがた》を見送って、おまきに向い、
虎「まアおまきさん御覧よ、酷《ひど》い奴じゃないか、彼奴《あいつ》はもと番太郎で、焼芋《やきいも》を売ってたが、そのお前芋が筋が多くて薄く切って、そうして高いけれども数が余計にあるもんだから、子供が喜んで買うのが売出しの始めで、夏は金魚を売ったり心太《ところてん》を売ったりして、無茶苦茶に稼いで、堅いもんだから夜廻りの拍子木《ひょうしぎ》も彼《あ》の人は鐘をボオンと撞《つ》くと、拍子木をチョンと撃つというので、ボンチョン番太と綽名《あだな》をされ、差配人《さはいにん》さんに可愛《かわい》がられ、金を貯《た》めて家《うち》を持ち、損料と小金《こがね》を貸して居るが、尻《けつ》の穴が狭くて仕様のない奴だよ」
ま「叔母《おば》さんがお出《い》でなさらないと私《わたくし》はどう仕ようかと思いました、毎度|種々《いろ/\》御贔屓《ごひいき》になりまして有り難うございます」
虎「時にねえまアちゃんや、私《わたし》ゃ悪い事は云わないから、此間《こないだ》話した私の主人同様の地主様で、金貸《かねかし》で、少し年は取っていますが、厭《い》やなのを勤めるのが、そこが勤めだから、厭《いや》でも応《うん》と云って旦那の云うことを聞けば、お母《っか》さんにも旨い物を食べさせ、好《い》いものを着せられ、お前も芝居へも往《ゆ》かれるから、私の金主《きんしゅ》で大事の人だから、彼《あ》の人の云うことを応《うん》と聞いて囲者《かこいもの》におなりよ」
ま「有り難う存じますが、なんぼ零落《おちぶ》れましても、まさかそんな事は出来ません」
虎「まさかそんな事とは何《なん》だえ、それじゃアどう有っても否《いや》かえ」
ま「私《わたくし》も元は清水と申して、上州前橋で御用達《ごようたし》をいたしました者の娘、如何《いか》に零落《おちぶ》れ裏店《うらだな》に入っていましても、人に身を任せて売淫《じごく》同様な真似をして、お金を取るのは、母もさせる事ではありませんし、私も死んでも否《いや》だと思って居ります」
虎「はい、お立派でございますねえ、御用達のお嬢さんだから喰わずに居ても淫売《じごく》同様な真似はしないと、よく御覧、近辺の小商《あきな》いでもして、可なりに暮して居るものでも、小綺麗《こきれい》な娘があれば皆《みん》な旦那取りをして居るよ、私なんぞも若い時分には旦那が十一人あったが、まだ足りなくって小浮気《こうわき》もしたことがあった位だから、お前だって大事のお母《っか》さんに孝行したいと思うならばねえ」
ま「誠に有り難う存じますが、そればかりはお断り申します」
虎「否《いや》なら無理にお願い申しませんよ、それじゃア私の金主《きんしゅ》の八木《やぎ》さんから拝借した三円のお金を、今損料屋が来てお母《っか》さんの被《き》ている蒲団を引剥《ひっぱ》ぎにかゝったから、お気の毒だと思い、立替えたが、今の三円は直《す》ぐ返して下さいな、さアお前が応《うん》とさえ云えば又旦那に話の仕様もあるが、否《いや》だと云い切っては何も気を揉《も》んで昨今のお前さんに金を貸す訳はないから返して下さい」
ま「お金がないのを見かけ、無理に立替えて返せと仰《おっ》しゃっても致方《いたしかた》がございません」
虎「そんな不理窟《ふりくつ》を云ったっていけないよ、損料屋が蒲団を持っていったら此の寒いのに病人を裸体《はだか》で置くつもりかえ、さっさと返して下さいな」
重「小母《おば》さんお待ちなすって下さい、姉《あね》さまが人さまの妾にはならないと云うのも御尤《ごもっと》もな次第、と云って貴方《あんた》に返す金はありやせんから、何卒《どうぞ》私《わし》を其の旦那の処で、姉の代りに使って下さいますめえか」
虎「おふざけでないよ、お前さんがいくら器量が好《よ》くても、今は男色《かげま》はお廃《はい》しだよ」
重「いゝえ左様ではございませぬ、どのような御用でもいたしやすから願いやす」
婆「これサ、旦那の処で一月《ひとつき》働いたって三円の立前《たちまい》は有りゃアしねえ[#「しねえ」は底本では「しえね」と誤記]、一日弐拾銭出せば力のある人が雇えるから、お前さんなぞを使うものかねえ、返して下さいよ」
と云って中々聞き入れません。此の婆《ばゞあ》は元は深川の泥水育ちのあば摺《ず》れもので、頭の真中《まんなか》が河童
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