まして、弟《おとゝ》も車を挽《ひ》いて稼ぎますが」
米「おい/\お母《っか》さんが眼病で、弟御《おとうとご》が車を挽く事はお前さんが番毎《ばんごと》云いなさるから、耳に胼胝《たこ》のいる程だが、姉《ねい》さんまアお母さんはあゝやって眼病で煩《わずら》ってるし、兄《にい》さんは軟弱《かぼそ》い身体で車を挽いてるから気の毒だと思い、猶予《ゆうよ》をして盆の払いが此の暮まで延々《のび/\》になって来たのだが、来月はもう押詰《おしつま》り月《づき》ではありませんか、私も商売だから貸すもいゝが、これじゃア困るじゃアないか、私は人が好《い》いから、お前方も顔向けが出来まいと察して来ないのだが、私が米を売らなけりゃお前さん喰わずに居ますかえ、それもこれだけ払うから後《あと》の米を貸して下さいと云えば、随分貸してもやろうが、間《ま》が悪いと云って外《ほか》の米屋で買うとは何《なん》の事だえ、勧解《かんかい》へでも持出さなければならない、勘定をしなさい」
ま「それでは誠に困ります」
重「あの姉さん少しお待ちなさい、貴方《あんた》の方のお払いは何程《なにほど》溜《たま》って居りやすか」
米「えゝ二円五十銭でございます」
重「此処《こゝ》に一円二十銭ありやんすが、これをお持ちなすってお帰《けえ》んなすって、あとの米を又少しの間拝借が出来ますならば、命から二番目の大事な金でございやすが、これを上げますから、あとの米を壱円《いちえん》べい送って戴きていもんでござりやす」
米「壱円弐拾銭あるのか、篦棒《べらぼう》らしい、商売だからお払いさえ下されば米は送ります」
 と金を※[#「※」は「檢」の「きへん」の部分が「てへん」、第3水準1−84−94、527−7]《あらた》め請取《うけとり》を置いて出て往《ゆ》きますと、摺違《すれちが》って損料屋《そんりょうや》が入ってまいりました。
ま「おや、又」
損「なんです、おや又とは」
ま「いえ、あの能《よ》くいらっしゃいましたと申したのでございます」
損「嘘を云いなさんな、今米屋が帰った跡へ直《すぐ》に私が催促《さいそく》に来たから、おや又と云ったのだろう、借金取を見ておや又とは甚《はなは》だ失敬だ、私も困りますから返して下さい、料銭《りょうせん》を払わないと止《や》むを得ないから蒲団を持って往《ゆ》くよ」
ま「でも此の通り寒くなって母が困りますから、最《も》う少々貸して置いて下さいまし」
損「其方《そっち》も困るだろうが私も困らアね、引続いて長い間|留《と》めて置き、蒲団は汚《よご》し料銭は少しも払わず、何《ど》うにも斯《こ》うにも仕方がないから、私《わたしゃ》ア蒲団を持って往《ゆ》きますよ」
ま「何卒《どうぞ》御勘弁を願います」
損「勘弁は出来ません」
 と云いながら、ずか/\と慈悲容赦《なさけようしゃ》も荒々しく、二枚折《にまいおり》の反故張屏風《ほごばりびょうぶ》を開け、母の掛けて居りまする四布蒲団《よのぶとん》を取りにかゝりますから、
重「何をなさる、被《き》て居《い》るものを取ればまるで追剥《おいはぎ》ですなア」
損「これ何をいうのだ、私の物を私が持って往《ゆ》くのに追剥という事があるものか、料銭が溜《たま》ったから蒲団を持って往くのが追剥ぎか」
重「誠に相済みません、何卒《どうぞ》御勘弁を」
 と云っているのを、同じ長屋にいるお虎《とら》という婆さんが見兼《みかね》て出てまいり、
虎「まアお待ちなさいな、斯《こ》うやってお母《っか》さんが眼が悪く、兄《にい》さんが一生懸命に人力を挽《ひ》いて稼いでも歯代《はだい》がたまって困ると云うくらいだから、料銭の払えないのは尤《もっと》もな話だのに、可愛《かわい》そうに病人が被《き》ているものを剥《は》いで往《ゆ》くとは余《あんま》り慈悲《なさけ》ないじゃないか」
損「お虎さん、お前さんは知らないのだが、蒲団を貸して二ヶ月料銭を払わないから、損料代が四円八十銭溜って居りますよ」
重「へい、そんなになりますかえ」
損「なりますとも、一晩《ひとばん》四布《よの》が五銭に、三布布団《みのぶとん》が三銭、〆《しめ》八銭、三八《さんぱ》二円|四十銭《しじっせん》が二ヶ月で四円八十銭に成りますわねえ」
虎「高いねえ、こんな穢《きたな》い布団でかえ」
損「穢い布団じゃアなかったのだが、段々此の人達が被古《きふる》して汚《よご》したので、前は新しかったのです」
虎「成程|御尤《ごもっと》もですが、其処《そこ》がお話合《はなしあい》で、私も斯《こ》うやって仲へ入り、口を利いたもんだから三円だけ立替《たてか》えて上げたら、お前さん此の布団を貸してやって下さるかえ、此の汚れたのは持って帰って小綺麗《こぎれい》なのと取替えて持って来て貸して下さるか」
損「それは料銭さえ払って下されば貸し
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