かげ》ているよ」
清「いくら苦しくても其の方が本当だ、其のまさか[#「まさか」に傍点]と云う処が此方《こっち》の望みだ」
虎「外《ほか》の好《い》い少女《すもる》を呼んで遊んでおいでな、あんなものを□□[#底本2字伏字]て寝ても石仏《いしぼとけ》を□□[#底本2字伏字]て寝るようなもので、些《ちっ》とも面白くもなんともないよ」
清「己《おれ》はそれが望みだ、あの焼穴《やけあな》だらけの前掛けに、結玉《むすびったま》だらけの細帯で、かんぼ窶《やつ》して居るが、それで宜《い》いのだから本当にいゝのだ」
虎「棟梁は余程《よっぽど》惚《ほ》れたねえ、だが仕方がないよ」
清「己も沢山《たんと》は出せねえが、只《たっ》た一度で十円出すぜ」
虎「え、十円……鼻の先に福がぶら下《さが》ってるに、三円の金に困ってるとは、本当に馬鹿な女だ」
 と話している所へおまきが門口へ立ちまして、
ま「伯母《おば》さん、御免なさい」
虎「はい、どなたえ」
ま「あのまきでございますが」
 という声を聞き。
虎「おい棟梁、一件が来たよ、隣のまアちゃんが来たってばさア」
清「なに来たア極《きま》りが悪《わり》いなア」
虎「はい、只今明けますよ、棟梁さん早く二階へ上《あが》っておいでよ、はい今明けますよ、棟梁さん早く二階へ上ってお出《い》でよ[#「お出《い》でよ」は底本では「お出《い》よ」と誤記]…はい今明けますよ…私が様子を宜《よ》くして、あの子を欺《だま》して二階へ上げるから、お前さんが彼《あ》の娘の得心するように旨く調子よく、そこは棟梁さんだから万一《ひょっと》して岡惚れしないものでもないよ、はい只今明けますよ…あの道は又|乙《おつ》なものだから…はいよ、今明けますよ…あの子の頸玉《くびたま》へ□□[#底本2字伏字]り附いて無理に□[#底本1字伏字]いておしまいよ…今明けますよ…早く二階へお上《あが》り」
 と云われ、清次は煙草盆を手に提《さ》げ二階へ上るのを見て、婆《ばゞあ》は土間へ下《お》り、上総戸《かずさど》を明け。
虎「さアお入り、まアちゃん先刻《さっき》は悪い事をいって堪忍《かんにん》しておくれよ、詰らねえ事を催促《さいそく》して、何《なん》だかお母《っか》さんの大事なものだって…お厨子入《ずしい》りの仏さまを本当に持って来なければ宜《よ》かったと思っていたが、私もつい酔った紛《まぎ》れでした事だが、堪忍しておくれよ、まア宜く来たねえ」
ま「はい、先程は折角御親切に云って下さいましたのに、承知致しませんでお腹立《はらだち》もございましょうが、まさか母や弟《おとゝ》の居ります前で結構な事でございますから、何卒《どうぞ》妾にお世話を願いますとは伯母さん、申されませんでしたが、実に今年の暮も往《ゆ》き立ちませんで、何かと母も心配して居りますから、私の様《よう》な者でも一晩お相手をして些《ちっ》とでもお金を下されば、母の為と思いまして、どの様《よう》にも御機嫌を取りましょうから、貴方《あなた》宜《よ》いお方をお世話なすって、先程母のお預け申した観音様のお厨子を返しては下さいませんか」
 と云われ、お虎はほく/\悦《よろこ》び。
虎「何かい、お前は彼《あ》のお母《っか》さんの為に…どうも感心、宜《よ》くまア本当に孝行だよ、仕方がないから諦めたのだろうが、否《いや》なお爺さんでは私も無理にとも云い難《にく》いが、鉄砲洲の屋根屋の棟梁で、江戸屋の清次さんという粋《いき》な女惚れのする人が、お前の親孝行で、心掛《こゝろがけ》が宜く、器量も好《い》いから、己《おら》アほんとうに女房《にょうぼ》に貰いたいと云ってるんだが、只《たっ》た一晩でお金を五円あげるとさ、私《わたし》ゃア誰にも云わないよ、丁度今二階に棟梁が来て居るから往って御覧、好《よ》い男だよ」
ま「それでは其のお方様に私が身を任せれば、お金を五円下さいますか、そうすれば其の内三円お返し申しますからどうか観音様を返して下さいまし」
虎「それは直《すぐ》にお厨子はお返し申しますがね、そんなら少し待っておいで」
 と婆《ばゞあ》はみし/\と二階へ上《あが》ってまいりまして。
虎「棟梁、フヽフン、彼《あ》の子も苦し紛《まぎ》れに往生して、親の為になる事なら旦那を取ろうと得心をしたよ、ちょいと今あの子も切迫詰《せっぱつま》り、明日《あす》に困る事があるのだが、拾円のお金を遣《や》っておくれな」
清「それは遣るよ」
虎「彼《あ》の子の云うには、私もねえ元は立派な御用達《ごようたし》の娘でございますから、淫売《じごく》をしたと云われては世間へ極《きま》りが悪いから、惚合《ほれあ》って逢ったようにして、□[#底本1字伏字]寝をされた事は世間へ知れない様にして下さいと云うから其の積りで、そうして棟梁も拾円|遣《や》ったなんぞ[
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