》きに驚き、銭貰いかと思い、怪《け》しからん失敬な取扱いをしたが、それはまア宜《よろ》しいが、君はまア図《はか》らざる所へ御転住《ごてんじゅう》で」
丈「いや実にどうも暫《しばら》くであった、どうしたかと思っていたが、七《しち》ヶ年《ねん》以来《このかた》何《なん》の音信《おとずれ》もないから様子が頓《とん》と分らんで心配して居ったのよ」
又「さア僕も此の頃帰京いたしお話は種々《いろ/\》ありますが、何しろ雇人の耳に入っては宜しくないから、久々だから何処《どこ》かで一杯やりながら緩々《ゆる/\》とお話がしたいね」
丈「此方《こっち》でも聞きてえ事もあるから、有合物《ありあいもの》で一盞《いっぱい》やろう」
 と六畳の小間《こま》へ這入《はい》り、差向い、
丈「此処《こゝ》は滅多に奉公人も来ないから、少しぐらい大きな声を出しても聞《きこ》えることじゃアねえ、話は種々《いろ/\》あるが、七年前旅荷にして持出《もちだ》した死骸は何うした」
又「それに就《つい》て種々《いろ/\》話があるが、彼《あ》の時死骸を荷足船《にたりぶね》で積出《つみだ》し、深川の扇橋から猿田船《やえんだぶね》へ移し、上乗《うわのり》をして古河の船渡《ふなと》へ上《あが》り、人力車へ乗せて佐野まで往って仕事を仕ようとすると、其の車夫は以前長脇差の果《はて》で、死人《しびと》が日数《ひかず》が経《た》って腐ったのを嗅《か》ぎ附け、何《な》んでも死人に相違ないと強請《ゆすり》がましい事を云い、三十両よこせと云うから、止《やむ》を得ず金を渡し、死人を沼辺《ぬまべり》へ下《おろ》して火葬にして沼の中へ投《ほう》り込んでしまったから、浮上《うきあが》っても真黒《まっくろ》っけだから、知れる気遣《きづか》いないが、彼《か》の様子を知った車夫、生かして置いてはお互いの身の上と、罪ではあるが隙《すき》を窺《うかゞ》い、沼の中へ突き落《おと》し、這《は》い上《あが》ろうとする所を人力車《くるま》の簀葢《すぶた》を取って額を打据《うちす》え、殺して置いて、其の儘《まゝ》にドロンと其処《そこ》を立退《たちの》き、長野県へ往ってほとぼりの冷《さめ》るのを待ち、石川県へ往ったが、懐に金があるから何もせず、見てえ所は見、喰いてえ物は喰い、可なり放蕩《ほうとう》も遣《や》った所が、追々《おい/\》金が乏《とぼ》しくなって来たから、商法でも仕ようと思い、坂府《さかふ》へ来た所、坂府は知っての通り芸子《げいこ》舞子《まいこ》は美人|揃《ぞろ》い、やさしくって待遇《もてなし》が宜《い》いから、君から貰った三百円の金はちゃ/\ふうちゃに遣《つか》い果《はた》して仕方なく、知らん所へ何時《いつ》まで居るよりも東京へ帰ったら、又どうかなろうと思い、早々《そう/\》東京へ来て、坂本二丁目の知己《しるべ》の許《もと》に同居していたが、君の住所は知れずよ、永くべん/\として居るのも気の毒だから、つい先々月亀島町の裏長屋を借り請《う》け、今じゃア毎夜|鍋焼饂飩《なべやきうどん》を売歩《うりある》く貧窮然《ひんきゅうぜん》たる身の上だが、つい鼻の先の川口町に君が是《こ》れだけの構いをして居るとは知らなかったが、今日はからず標札を見て入って来たのだが、大《たい》した身代になって誠に恐悦《きょうえつ》」
丈「あれからぐっと運が向き、為《す》る事なす事|間《ま》がよく、是まで苦もなく仕上げたが、見掛けは立派でも内幕は皆|機繰《からくり》だから、これが本当の見掛倒しだ」
又「金は無いたって、あるたって、表構《おもてがま》えで是だけにやってるのだから大《たい》したものだねえ、時に暫《しばら》く無心を云わなかったが、どうか君百円ばかりちょっと直《すぐ》に貸して呉れ給え、斯《こ》うやって何時《いつ》まで鍋焼饂飩も売っては居《お》られんじゃないか、これから君が後立《うしろだ》てになり、何か商法の工夫をして、宜《よ》かろうと思うものを立派に開店して、奉公人でも使うような商人にして下せえな」
丈「商人にして呉れろって、君には三百円という金を与えたのに、残らず遣《つか》ってしまい、帰って来て困るから資本《もとで》を呉れろとは、負《おぶ》えば抱かろうと云うようなもので、それじア誠に無理じゃアないか」
又「なにが、無理だと、何処《どこ》が無理だえ」
丈「そんなに大きな声をしなくても宜《よろ》しいじゃねえか」
又「君が是だけの構《かまえ》をして居《い》るに、僕が鍋焼饂飩を売って歩き、成程金を遣《つか》ったから困るのは自業自得とは云うものゝ、君が斯《こ》うなった元はと云えば、清水助右衞門を殺し、三千円の金を取り、其の中《うち》僕は三百円しか頂戴せんじゃねえか、だから千や二千の資本《しほん》を貸して、僕の後立《うしろだて》になっても君が腹の立つ
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