びっく》りしましたが、横着者でございますから
丈「さア/\此方《こちら》へ」
重「誠に暫《しばら》く御機嫌宜しゅう」
丈「はい/\、誠に久しく逢いません、私も此方《こちら》へ転居して暫く前橋へも往《ゆ》きませんが、お変りはないかね、お父《とっ》さんは七年|前《あと》帰らんと云って尋ねて来た事があったが、お帰りに成ったかね」
重「其の後《ご》いまだに帰りませんし便《たよ》りもありませんで、死んだか生きて居るか分りません、御存じの通り三千円の金を持って出て、それも田地《でんじ》や土蔵を抵当に入れて才覚したものでござりやんすから、貸方《かしかた》から喧《やか》ましく云われ、抵当物は取られ、お母《ふくろ》と両人《ふたり》で手振編笠《てぶりあみがさ》で仕方がねえから、千住《せんじ》へまいって小商《こあきな》いを始めましたが、お母が長々《なが/\》の眼病で、とうとう眼がつぶれ、生計《くらし》に困り、無心を云う所も無《ね》えで、仕方なく亀島町の裏屋ずまいで、私《わし》は車を挽《ひ》き、姉は手内職をして居りましたが、段々寒くなるし、車を引いても雨降り風間《かざま》には仕事がなく、実に翌日にも差迫《さしせま》る身の上に成りまして、何うしようと思っていた処、春見様が此方《こっち》においでなさるという事が知れましたから、願ったら出来ようかと思って姉と相談の上で出ましたが、親子三人助かりますから、どうかお恵みなすって下さいまし」
と泣きながらの物語に春見も気の毒千万な事に思い、せめては百円か二百円恵んで遣《や》ろうかと思ったが、いや/\※[#「※」は「「愍」で「民」のかわりに「求」をあてる」、516−7]《なまじ》いに恵み立てをすると、彼《あ》の様な見苦しい者に多くの金を恵むのは変だという所から、其の筋の耳になって、七《しち》ヶ年前《ねんぜん》の事が顕《あら》われては遁《のが》れ難《がた》き我《わが》身の上ゆえ、寧《いっ》そ荒々しく云って帰した方が宜《よろ》しかろうと思いまして、
丈「重二郎さん、誠に気の毒だが貸す事は出来ない、そう云う事を云って歩いても貸す人はないよ、難儀をするものは世間には多人数《たにんず》あって、僕は交際も広いから一々恵み尽《つく》されません、そうして故《ゆえ》なく人に恵みをすべきものでもなく、又故なく貰うべきものでもなく、其の儀は奉公人にも言い付けてあることで、誠に気の毒だが出来ません、お前も血気な若い身分でありながら、車を挽《ひ》いてるようではならん、当節は何をしても立派に喰える世の中だのに、人の家に来て銭《ぜに》を貰うとは余り智慧《ちえ》のないことだお前はお坊さん育ちで何も知るまいが、人が落目《おちめ》になった所を※[#「※」は「「愍」で「民」のかわりに「求」をあてる」、517−2]《なまじ》いに助ければ、助けた人も共に倒れるようになるもので、たとえば車に荷を積んで九段のような坂を引いて上《あが》って力に及ばんで段々下へ落《おち》る時、只《たっ》た一人でそれを押えて止めようとすると、其の人も共に落ちて来て怪我をするようになるから、それよりも下《くだ》り掛った時は構わないで打棄《うっちゃ》って置いて其の車が爼橋《まないたばし》まで下ってから、一旦《いったん》空車《からぐるま》にして、後《あと》で少しばかりの荷を付けて上げた方が宜《よろ》しいようなもので、今|※[#「※」は「「愍」で「民」のかわりに「求」をあてる」、517−7]《なまじ》いに恵むものがあってはお前のためにならん、人の身は餓死するようにならんければ奮発する事は出来ない、それでなければお前の為にならん」
重「誠にお恥かしい事でございますが、一昨々日《さきおとつい》から姉も私《わし》もお飯《まんま》を喫《た》べません、お粥《かゆ》ばかり喫べて居ります、病人の母が心配しますから、お飯があるふりをしては母に喫べさせ、姉も私も芋を買って来て、お母《ふくろ》が喫べて余ったお粥の中へ入れ、それを喫べて三日|以来《このかた》辛抱して居りましたが、明日《あす》しようがねえ、何うしたら宜《よ》かろうかと思って、此方《こちら》へ出ました訳でございますから、若《も》しお恵みが出来なければ、私だけ此方《こちら》の家《うち》へ無給金で使って呉れゝば私|一人《いちにん》の口が減るから、そうすれば姉が助かります、どうか昔馴染《むかしなじみ》だと思って」
丈「これ/\昔馴染とは何《なん》の事だ、屋敷にいる時は手前の親を引立《ひきた》ってやった事はあるが、恩を受けたことは少しもない、それを昔馴染などとは以《もって》の外《ほか》のことだ、一切《いっせつ》出来ません、奉公人も多人数《たにんず》居って多過ぎるから減《へら》そうと思っているところだから、奉公に置く事も出来ません帰えって下さい、此の開明の
前へ
次へ
全38ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング