ないようにするがいゝ、お連れがあるようですね」
清「重二郎さん、此方《こっち》へお這入《はい》り」
重「誠に久しくお目にかゝりませんでした」
丈「おや/\清水の息子さんか、此間《こないだ》は折角お出《い》でだったが、取込《とりこ》んでいて失敬を云って済みません、何かえ清次さんのお連《つれ》かえ」
清「旦那え、私《わっち》が前橋にくすぶって居りましたとき、清水さんの御厄介になりました、その若旦那で、今は零落《おちぶ》れて直《じ》き亀島町にお出《い》でなさるのを聞いて驚きましたから、其様《そんな》にぐず/\していないで、春見様は直《じ》き此の向うにいて立派な御身代になっておいでなさるから、お父《とっ》さんがお預け申した金を返《けえ》してお貰い申すがいゝじゃないかと云っても、若いお方ですから、ついおっくう[#「おっくう」に傍点]がってお在《いで》なさるから、今日は私《わっち》がお連れ申しましたが、どうか七年|前《あと》の十月の二日にお預け申した三千円の金はお返しなすって下さい」
丈「なに三千円、僕が預かった覚えはないが、どう云う訳で重二郎殿が清次さんお前さんにそんな事を云ったのだえ」
清「へい、段々旦那も身代が悪くなって、商法を始めるのに就《つ》いて高利を借り三千円の金を持って東京へ買出《かいだ》しに出て来て、馴染《なじみ》の宿屋もねえ事ですから、元前橋で御重役をなすった貴方《あなた》が、東京へ宿屋を出してお在《いで》なさるから、彼方《あそこ》へ行って金を預けて買出しをすれば大丈夫だと、宅《うち》へ云置《いいお》いて出て来た儘《まゝ》帰って来《こ》ねえで、素《もと》より家蔵《いえくら》を抵当にして借りた高利だから、借財方《しゃくざいかた》から責められ、重さんのお母《っか》さんが心配して眼が潰《つぶ》れて見る影もねえ御難渋《ごなんじゅう》、私《わっち》も見かねて貴方《あなた》へ預けた金を取りに来やした、預けたに違《ちげ》えねえ三千円、元は大小を挿《さ》した立派な貴方、開化になっても士族さんは士族さん、殊《こと》にこれだけの身代で、預ったものを預からないと云っては御名義にも係わりますから、旦那、返《けえ》して遣《や》って下せえな」
丈「お黙んなさい、預かった覚えは毛頭ありません、何を証拠に三千円の金を、私が何《な》んで預りましょう、殊《こと》に七年あと清水さんが私の所へ参った事はありません」
重「それは些《ち》とお言葉が違いましょう、私《わし》が七年|前《あと》に親父《おやじ》を捜しに来た時、成程清水助右衞門が来たと云った事があるが、貴方《あんた》はお侍さんにも似合いませんねえ」
丈「成程それは来ました、さア来ましたが、直《すぐ》に横浜へ往《ゆ》くと云うから、まア一晩泊ったら宜《よ》かろうと云ったが聞き入れず、直《すぐ》に出て往《ゆ》きなすって泊りはせんと云いました」
重「それだからさ」
清「まア黙ってお出《い》でなせえ、旦那え、今三千円の金があれば清水の家も元のように立ちやす、そうすれば貴方《あなた》も寝覚《ねざめ》がいゝから、どうか返して下せえ、親子三人、浮《うか》び上《あが》ります」
丈「浮び上るか沈んでしまうか知りませんが、七年|前《あと》預けたものを今まで取りに来ない筈《はず》はありますまい、殊《こと》に十円や廿円の金じゃアなし、三千円という大金ではないか」
清「旦那静かになせえ証拠のないものは取りに来ません、三千円確かに預かった、入用《にゅうよう》の時は何時《なんどき》でも返《け》えそうという証書があります」
丈「なに証書がある、証書があれば見ましょう/\」
と春見は心の中《うち》に思うのに、又作を殺し、家《うち》まで焼いてしまったから、証書のある筈《はず》はないと思いまして、気強く、
丈「さア見ましょう/\」
清「旦那、これにあります」
と家根板《やねいた》のような物に挟んである証書を出して、春見に手渡《てわたし》にしませんで、
清「旦那これが証拠でございます」
と云われた時は流石《さすが》の春見も面色《めんしょく》土の如くになって、一言半句《いちごんはんく》も有りません。
清「旦那え、これだけ立派な証拠があるのに、年月《としつき》が経《た》っても返《けえ》さなければ泥坊より苛《ひど》いじゃねえか、難渋《なんじゅう》を云って頼んでも理に違っちゃアこれ程も恵まねえ世の中じゃアありませんか、何故《なぜ》貴方《あなた》預かった覚えはないと仰《おっ》しゃいました」
丈「お静かにして下さい、/\、実は預かったに違いないが、清水殿が金を預けて横浜へ参り、年月《としつき》を経っても取りに来ないところから、段々僕も微禄《びろく》して此の三千円があれば元の様になれるかと思い、七年経っても取りに来ないからよもや最《も》う取りに来《き》やア
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