して、これは繁昌《はんじょう》で、其の湯に入ると顔が玉のように見えると云うことでございます」
助「東京へは久しぶりで出てまいって、それに又様子が変りましたな、どうも橋が石で出来たり、瓦《かわら》で家《うち》が出来たり、方々《ほう/″\》が変って見違えるように成りました、その温泉は何処《どこ》らでがんすか」
又「此処《こゝ》をお出《い》でになりまして、向うの角《かど》にふらふ[#「ふらふ」に傍点]が立って居ります」
助「なんだ、ぶら/\私《わし》が歩くか」
又「なアに西洋床《せいようどこ》が有りまして、有平《あるへい》見た様《よう》な物が有ります、その角に旗が立って居りますから、彼処《あすこ》が宜しゅうございます」
助「私《わし》はこれ髻《まげ》がありますから、髪も結《ゆ》って来ましょうかねえ」
又「行って入らっしゃいまし、残らず置いて入らっしゃいまし」
丈「証書の入った紙入を持って行って、板の間に取られるといけないよ」
助「板の間に何が居りますか」
丈「なアに泥坊がいるから取られてはいけん」
助「これはまア私《わし》が命の綱の証文だから、これは肌身離されません」
主「それでも湯に入るのに手に持っては行《ゆ》けないだろう」
助「事に依《よ》ったら頭へ縛り付けて湯に入ります、行ってめえります、左様なら」
又「いって入《いら》っしゃいまし……とうとう出掛けたが、是は君、えゝどうも、富貴《ふうき》天に有りと云うが、不思議な訳で、君は以前お役柄《やくがら》で、元が元だから金を持って来ても是程に貧乏と知らんから、そこで三千円という大金を此の苦しい中へ持って来て、纒《まとま》った大金が入るというのは実に妙だ、それも未《まあ》だ君にお徳が有るのさ、直《す》ぐ其の内を百金御返金を願う」
丈「これさ、今持って来たばかりで酷《ひど》いじゃアないか」
又「此の内百金僕に返しても、此の金《かね》は一|時《じ》に持って往《ゆ》くのじゃない、追々《おい/\》安い物が有れば段々に持って往く金だから、其の中《うち》に君が才覚して償《つぐの》えば[#「償《つぐの》えば」は底本では「償《つくの》えば」]宜しい、僕には命代《いのちがわ》りの百円だ、返し給え」
丈「それじゃア此の内から返そう」
 と百円|包《づゝみ》になって居るのを渡します。扨《さて》渡すと金が懐へ入りましたから、気が大きくなり
又「どうだい、番頭の仮色《こわいろ》を遣《つか》って金を預けさせるようにした手際《てぎわ》は」
 まア愉快というので、お酒を喫《た》べて居りますとは清水助右衞門は少しも存じませんから、四角《よつかど》へまいりまして見ると、西洋床というのは玻璃張《がらすばり》の障子《しょうじ》が有って、前に有平《あるへい》のような棒が立って居りまして、前には知らない人がお宮と間違えてお賽銭《さいせん》を上げて拝みましたそうでございます。助右衞門は成程有平の看板がある、是だなと思い、
助「御免なさいまし、/\、/\、此処《こちら》が髪結床《かみゆいどこ》かね」
 中床《なかどこ》さんが髭《ひげ》を抜いて居りましたが、
床「何《なん》ですえ、広小路《ひろこうじ》の方へ往《ゆ》くのなら右へお出《い》でなさい」
助「髪結床は此方《こちら》でがんすか」
床「両国の電信局かね」
助「こゝは、髪結う所か」
 と云っても玻璃障子《がらすしょうじ》で聞えません。
床「何ですえ」
助「髪を結って貰いたえもんだ」
床「へいお入《はい》んなさい、表の障子を明けて」
助「はい御免、大《でけ》い鏡だなア、髪結うかねえ」
床「此方《こちら》は西洋床ですから旧弊頭《きゅうへいあたま》は遣《や》りません…おや、あなたは前橋の旦那ですねえ」
助「誰だ、何うして私《わし》を知っているだ」
床「私《わっし》やア廻りに歩いた文吉《ぶんきち》でございます」
助「おゝそうか、文吉か、見違《みちがえ》るように成った、もうどうも成らなかったが辛抱するか」
文「大辛抱《おおしんぼう》でございます旦那どうもねえ、前橋にいる時には道楽をして、若い衆の中へ入って悪いことをしたり何かして御苦労を掛けましたから、書ければ一寸《ちょっと》郵便の一本も出すんでげすが、何うも人を頼みに往《ゆ》くのもきまりが悪くて、存じながら御無沙汰をしました、宜《よ》く出てお出《い》でなすった、東京見物ですかえ」
助「なアに、当時は己《おれ》も損をして商売替《しょうべいげえ》をしべいと思って、唐物《とうぶつ》を買出しに来たゞが、馴染《なじみ》が少ないから横浜へ往って些《ちっ》とべい[#「些《ちっ》とべい」は底本では「些《ちっ》っとべい」]買出しをしべいと思って東京でも仕入れようと思って出て来た」
文「へい、商売替《しょうばいがい》ですか、洋物《ようぶつ》は宜《よ》うがすねえ、
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