ど》を明けて中へ這入《はい》り、菰《こも》を布《し》き、睾丸火鉢《きんたまひばち》を入れ、坐蒲団《ざぶとん》を布きましたから、其の上に清次は胡座《あぐら》をかき。
清「用があったら呼ぶから、もういゝや」
竹「時々茶でも持って来ようかねえ」
清「一生懸命の事だから来ちゃアいけねえ」
 と云われ、竹は其の儘《まゝ》そっと出て往《ゆ》く。隣りは又作の住《すま》いですが、未《ま》だ帰らん様子でございます、暫《しばら》くたつと、がら/\下駄を穿《は》いて帰って参り、がらりとがたつきまする雨戸を明けて上へあがり、擦附木《すりつけぎ》でランプへ火を点《とも》し、鍋焼饂飩《なべやきうどん》の荷の間から縁《へり》のとれかゝった広蓋《ひろぶた》を出し、其の上に思い付いて買って来た一升の酒に肴《さかな》を並べ、其の前に坐り、
又「何時《いつ》まで待っても来《こ》んなア」
 と手酌《てじゃく》で初める所を、清次はそっと煙管《きせる》の吸口《すいくち》で柱際《はしらぎわ》の壁の破れを突《つッ》つくと、穴が大きくなったから。破穴《やぶれあな》から覘《のぞ》いていますが、これを少しも知りませんで、又作はぐい飲み、猪口《ちょく》で五六杯あおり附け、追々|酔《えい》が廻って来た様子で、旱魃《ひでり》の氷屋か貧乏人が無尽《むじん》でも取ったというようににやり/\と笑いながら、懐中から捲出《まきだ》したは、鼠色だか皮色だか訳の分らん胴巻様《どうまきよう》の三尺《さんじゃく》の中から、捻紙《こより》でぎり/\巻いてある屋根板様《やねいたよう》のものを取出し、捻紙を解き、中より書附《かきつけ》を出し、開《ひら》いてにやりと笑い、又元の通り畳んで、ぎり/\巻きながら、彼方《あちら》此方《こちら》へ眼を附けていますから、何をするかと清次は見ていると、饂飩粉《うどんこ》の入っています処の箱を持出し、饂飩粉の中へ其の書附様《かきつけよう》のものを隠し、蓋《ふた》を致しまして襤褸風呂敷《ぼろぶろしき》にて是を包み、独楽《こま》の紐《ひも》など継《つ》ぎ足した怪しい細引《ほそびき》で其の箱を梁《はり》へ吊《つる》し、紐の端《はし》を此方《こっち》の台所の上《あが》り口の柱へ縛り附け、仰《あお》ぬいて見たところ、屋根裏が燻《くすぶ》っていますから、箱の吊《つる》して有るのが知れませんから、先《ま》ずよしと云いながら、またぐび/\酒を呑んで居ます中《うち》に、追々|夜《よ》が更《ふ》けてまいりますと、地主の家《うち》の時計がじゃ/\ちんちんと鳴るのは最早《もはや》十二時でございます。此の長家《ながや》は稼《かせ》ぎ人《にん》が多いゆえ、昼間の疲れで何処《どこ》も彼《か》もぐっすり寝入り、一際《ひときわ》寂《しん》といたしました。すると路地を入《は》いって、溝板《どぶいた》の上を抜け足で渡って来る駒下駄《こまげた》の音がして又作の前に立ち止り、小声で、
男「又作明けても宜《い》いか」
又「やア入りたまえ、速《すみや》かに明けたまえ、明くよ」
男「大きな声だなア」
 と云いながら、漸《ようや》く上総戸《かずさど》を明け、跡を締め。
男「締りを仕ようか」
又「別に締りはない、たゞ栓張棒《しんばりぼう》が有るばかりだが、泥坊の入る心配もない、此《かく》の如き体裁《ていさい》だが、どうだ」
男「随分|穢《きたな》いなア[#底本では「穢《きた》いなア」]」
又「実に貧窮然《ひんきゅうぜん》たる有様《ありさま》だて」
男「大《おお》きに遅参《ちさん》したよ」
又「今日君が来なければ、些《ち》としょむずかしい[#「しょむずかしい」に傍点]事を云おうと思っていた」
春「大きな声だなア、隣へ聞えるぜ」
又「両隣は明店《あきだな》で、あとは皆|稼《かせ》ぎ人《にん》ばかりだから、十時を打つと直《じ》きに寝るものばかりだから、安心してまア一杯|遣《や》りたまえ、寒い時分だから」
春「さア約束の千円は君に渡すが、どうか此の金で取附《とりつ》いてどんな商法でも開《ひら》きなさい、共に力に成ろうから、何《なん》でも身体を働いて遣《や》らなくっちゃアいけんぜ[#底本では「いけんせ」と誤記]、君は怠惰者《なまけもの》だからいかん、運動にもなるから働きなさい、酒ばかり飲んでいてはいかんぜ、何でも身を粉《こ》に砕《くだ》いて取附かんではいかん」
又「それは素《もと》よりだ、何時《いつ》まで斯《こ》うやって鍋焼饂飩《なべやきうどん》を売ってゝも感心しないが、これでも些《ちっ》とは資本《もとで》が入《い》るねえ、古道具屋へ往って、黒い土の混炉《こんろ》が二つ、行平鍋《ゆきひらなべ》が六つ、泥の鍋さ、是は八丁堀の神谷通《かみやどお》りの角の瀬戸物屋で買うと廉《やす》いよ、四銭五厘ずつで六つ売りやす、それから中段《ちゅうだん》の
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