でに思ってくれるかと嬉しく思い、重二郎も又おいさの手をじっと握りながら、
重「おいさゝん、今|仰《おっ》しゃった事がほんとうなら飛立《とびた》つ程嬉しいが、只今も申す通り、私《わし》は今じゃア零落《おちぶ》れて裏家住《うらやずま》いして、人力を挽《ひ》く賤《いや》しい身の上、お前さんは川口町であれだけの御身代のお嬢様釣合わぬは不縁の元、迚《とて》もお父《とっ》さんが得心して女房《にょうぼ》にくれる気遣《きづか》いもなければ、又私が母に話しても不釣合《ふつりあい》だから駄目だと云って叱られます、姉も堅いから承知しますめえ、と云って親の許さぬ事は出来ませんが、あなたそれ程まで思ってくださるならば、人は七転《ななころ》び八起《やお》きの譬《たとえ》で、運が向いて来て元の様《よう》になれんでも、切《せ》めて元の身代の半分にでも身上《しんしょう》が直ったらおいささん、お前と夫婦に成りましょう、私も女房を持たずに一生懸命に稼《かせ》ぎやすが、貴方《あなた》も亭主を持たずに待って居てください」
い「本当に嬉しゅうございます、私《わたくし》は一生奉公《いっしょうぼうこう》をしても時節を待ちますから、お身を大事に重二郎さん、あなた私を見捨てると聴きませんよ」
と慄声《ふるえごえ》で申しましたが、嬉涙《うれしなみだ》に声|塞《ふさが》り後《あと》は物をも云われず、さめ/″\とし襦袢《じゅばん》の袖で涙を拭いて居ります。想えば思わるゝで、重二郎も心嬉しく、せわ/\しながら。
重「私《わし》はもう帰《けえ》りますが、今の事を楽《たのし》みに時節の来るまで稼《かせ》ぎやすよ」
い「御身代の直るように私も神信心《かみしんじん》をして居ります、どうぞお母様《っかさま》にお目にはかゝりませんが、お大事になさるように宜《よ》く仰《おっ》しゃってくださいまし」
重「此の包《つゝみ》は折角の思召《おぼしめし》でございますから貰って往《ゆ》きます」
と云っている処へお兼が帰ってまいり、
兼「もう明けても宜《よろ》しゅうございますか、お早ければ最《も》う一遍往ってまいります」
と云いながら隔《へだて》の襖《ふすま》を明け、
兼「なんだかお堅い事ねえ、本当に嬢様は泣虫《なきむし》ですよ、お気が小さくっていらっしゃいますから、あなた不憫《ふびん》と思って時々逢って上げて下さいまし、あの最《も》うお帰りですか、又お参りにいらっしゃって、間《ま》さえあれば毎日でも首尾《しゅび》を見て此処《こゝ》にいますから、時々逢って上げて下さいよ、どうも素気《そっけ》ないことねえ、表は人が通りますから、裏からいらっしゃいまし、左様なら」
と重二郎は宅《うち》へ帰りまして、母にも姉にも打明けて云われず、と云って問われた時には困りますから、其の指環を知れないように蔵《しま》う処はあるまいかと考え、よし/\と云いながら紙へくるんで腹帯《はらおび》の間《あいだ》へ挟《はさ》んで[#「挟んで」は底本では「狭んで」と誤記]、時節を待ち、真実なおいさと夫婦になろうと思うも道理、二十三の水の出花《でばな》であります。お話変って、十二月五日の日暮方《ひくれがた》、江戸屋の清次が重二郎の居ります裏長屋の一番奥の、小舞《こまい》かきの竹と申す者の宅《たく》へやってまいり、
清「竹、宅《うち》か」
竹「やア兄い、大《おお》きに御無沙汰をして、からどうも仕様がねえ、貧乏|暇《ひま》なしで、聞いておくんねえ、此間《こねえだ》甚太《じんた》ッぽうがお前《めえ》さん世話アやかせやがってねえ、からどうも喧嘩《けんか》っ早《ぱえ》いもんだからねえ、尤《もっと》も金次《きんじ》の野郎が悪《わり》いんでございやさアねえ、湯屋《ゆうや》でもってからに金次の野郎が挨拶しずにぐんとしゃがむと、お前《めえ》さん甚太っぽーの頭へ尻を載《の》せたんでごぜいやす、そうすると甚太っぽーが怒って、下から突いたから前《めえ》へのめって湯を呑んだという騒ぎで、此の野郎と云うのが喧嘩のはじまりで、甚太っぽーの顳※[#「※」は「需+おおがい(頁)」、第3水準1−94−6、562−13]《こめかみ》を金次が喰取《くいと》って酸《す》っぺいって吐出《はきだ》したのです、後《あと》で段々聞いて見ると梅干が貼《は》って有ったのだそうで、こりゃア酸《すっ》ぺいねえ」
清「詰らねえ事を云ってるな、少し頼みがあるが、襤褸《ぼろ》の蒲団《ふとん》と小さな火鉢《ひばち》へ炭団《たどん》を埋《い》けて貸してくれねえか、夫《それ》を人に知れねえ様に彼処《あすこ》の明店《あきだな》へ入れて置いてくれ」
竹「なんです、火でも放《つ》けるのかえ」
清「馬鹿ア云うなえ、火を放ける奴がある者か」
小舞《こまい》かきの竹は勝手を知っていますから、明店《あきだな》の上総戸《かずさ
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