箱の中へ菜を※[#「※」は「火へん+「喋」のつくり」、第3水準1−87−56、565−10]《う》でて置くのだが、面倒臭《めんどうくさ》いから洗わずに砂だらけの儘《まゝ》釜の中へ入れるのだ、それから饂飩粉《うどんこ》を買いに往《ゆく》んだが、饂飩粉は一貫目《いっかんめ》三十一銭で負けてくれた、所で饂飩屋はこれを七玉《なゝツたま》にして売ると云うが、それは嘘だ実は九玉《こゝのツたま》にして売るのだが、僕は十一にして売るよ、花松魚《はながつお》は紙袋《かんぶくろ》へ入れて置くのだが、是も猫鰹節《ねこぶし》を細《こまッ》かに削ったものさ、海苔《のり》は一帖《いちじょう》四銭二厘にまけてくれるよ、六つに切るのを八つに切るのだ、是に箸《はし》を添えて出す、清らかにしなければならんのだが、余《あんま》り清らかでねえことさ、これでその日を送る身の上、行灯《あんどん》は提灯屋《ちょうちんや》へ遣《や》ると銭《ぜに》を取られるから僕が書いた、鍋の格好《かっこう》が宜《よろ》しくないが、うどん[#「うどん」に傍点]とばかり書いて鍋焼だけは鍋の形で見せ、醤油樽《しょうゆだる》の中に水を入れ、土瓶《どびん》に汁《つゆ》が入っているという、本当に好《よ》くしても売れねえ、斯《こ》ういう訳で、あの寒い橋の袂《たもと》でこれを売って其の日を送るまでさ、旧時《むかし》は少々たりとも禄《ろく》を食《は》んだものが、時節とは云いながら、残念に心得て居ります、処へ君に廻《めぐ》り逢って大《おお》きに力を得た、其の千円で取附《とりつ》くよ」
春「千円は持って来たが、三千円の預り証書と引替に仕ようじゃないか」
又「よく預り証書/\と云うなア」
春「隠してもいかん、助右衞門を打殺《ぶちころ》して旅荷に拵《こしら》えようとする時に、君が着服したに相違ない、隠さずに出したまえ」
又「有っても無くても兎《と》も角《かく》も金を見ねえうちは証文も出ない訳さ」
春「そんなら」
と云いながら懐《ふところ》からずっくり取出すと。
又「有難《ありがて》え、えーおー有難《ありがて》い、是だけが僕の命の綱だ」
春「此間《こないだ》は何を云うにも往来中《おうらいなか》で、委《くわ》しい話も出来なかったが、助右衞門の死骸はどうしたえ」
又「お宅《たく》から船へ積んで深川扇橋へ持って往《ゆ》き、猿田船《やえんだぶね》へ載せ、僕が上乗《うわのり》をして古河の船渡《ふなと》から上《あが》って、人力を誂《あつら》え、二人乗《ににんのり》の車へ乗せて藤岡を離れ、都賀村へ来ると、ぶんと[#「ぶんと」は「ぷんと」の誤記か]死骸の腐った臭《にお》いがすると車夫が嗅《か》ぎ附け、三十両よこせとゆするから、遣《や》るかわりに口外するなと云うと、火葬にすると云って、沼縁《ぬまべり》へ引込んで、葭《よし》蘆《あし》の茂った中で、こっくり火葬にして、沼の中へ放り込んだ上、何かの様子を知った人力車夫の嘉十、活《いか》して置いては後日の妨《さまた》げと思い、簀蓋《すぶた》を取って打殺《うちころ》し、沼へ投《ほう》り込んで、それから、どろんとなって、信州で其の年を送って、石川県へ往って三年ばかり経《た》って大阪へまいった所、知《しっ》ての通り芸子舞子の美人|揃《ぞろ》いだからたまらない、君から貰った三百円もちゃ/\ふうちゃさ、止《や》むを得ず立帰《たちかえ》った所が、まア斯《こ》ういう訳で取附く事が出来ねえから、鍋焼饂飩《なべやきうどん》と化けてると、川口町に春見|氏《うじ》とあって河岸蔵《かしぐら》は皆《みん》な君のだとねえ、あのくれいになったら千円ぐらいはくれても当然《あたりめえ》だ」
春「金は遣《や》るから預り証書を出したまえよ」
又「無いよ、どうせ人を害せば斬罪《ざんざい》だ、僕が証書を持ってゝ自訴《じそ》すれば一等は減じられるが、君は逃《のが》れられんさ、宜《よろ》しいやねえ、まア宜《い》いから心配したもうな」
春「出さんなら千円やらんよ」
又「だって無いよ、さア見たまえ」
と最前《さいぜん》預かり証書は饂飩粉《うどんこ》の中へ隠しましたゆえ平気になり、衣物《きもの》をぼん/\取って振《ふる》い、下帯《したおび》一つになって。
又「此の通り有りゃアしない、宅《うち》も狭いから何処《どこ》でも捜して見たまえ」
と云われ春見も不思議に思い、あの証書を他《ほか》へ預けて金を借《かり》るような事は身が恐いから有るまいが、畳の下にでも隠して有ろうも知れぬから、表へ出してやって、後《あと》で探《さが》そうと思い。
春「まア宜《よ》い、仕方がないが、斯《こ》う家鴨《しゃも》ばかりでは喰えねえ、向河岸《むこうがし》へ往って何か肴《さかな》を取って来たまえ」
と云いながら、懐中から金を一円取出して又作の前へ置く。
又「これは
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