作は大《おお》きに驚き慌てゝ、
又「おい車夫《くるまや》、待て、これ暫《しばら》く待てと云うに、仕様のない奴だ、太《ふて》え奴だなア」
車「何方《どっち》が太《ふて》えか知れやしねえ」
又「そう何もかも手前《てめえ》に嚊《か》ぎ附けられては止《や》むを得ん、実は死人《しびと》だて、就《つい》ては手前《てま》[#「てまえ」あるいは「てめえ」か]に金子二拾両|遣《や》るが、何卒《どうぞ》此の事を口外してくれるな、打明けて話をするが、此の死骸は実は僕が権妻《ごんさい》同様のものだ」
車「それなら貴方《あんた》の妾か」
又「なに僕の妾というではない、去る恩人の持ちものだが、不図《ふと》した事から馴れ染め、人目を忍んで逢引《あいびき》をして居ると、その婦人が懐妊したので堕胎薬《おろしぐすり》を呑ました所、其の薬に中《あた》って婦人は達《たっ》ての苦《くるし》み、虫が被《かぶ》って堪《たま》らんと云って、僕の所へ逃出《にげだ》して来て、子供は産《うま》れたが、婦人は死んでしまった所密通をした廉《かど》と子を堕胎《おろ》した廉が有るから、拠《よんどころ》なく其の死骸を旅荷に拵《こしら》え、女の在所へ持って往《ゆ》き、親達と相談の上で菩提所《ぼだいしょ》へ葬《ほうむ》る積りだが、手前《てまえ》にそう見顕《みあら》わされて誠に困ったが、金を遣《や》るから急いで足利在《あしかゞざい》まで引いてくれ」
車「そう事が定《きま》れば宜《い》いが…なんだって女子《おんなッこ》と色事をして子供を出かし、子を堕胎《おろ》そうとして女が死んだって…人殺しをしながら惚気《のろけ》を云うなえ、もう些《ちっ》と遣《よこ》しても宜《い》いんだが、二十両に負けてくれべい、だが臭《くせ》い荷を引張《ひっぱ》って往《ゆ》くのは難儀だアから、彼処《あすこ》の沼辺《ぬまべり》の葦《よし》の蔭《かげ》で、火を放《つ》けて此の死人《しびと》を火葬にしてはどうだ、そうして其の骨を沼の中へ打擲《ぶっぽ》り込んでしまえば、少しぐれえ焼けなくっても構った事はねえ、もう来月から一杯《いっぺい》に氷が張り、来年の三月でなければ解けねえから、知れる気遣《きづか》えはねえが、どうだえ」
又「これは至極妙策、成程|宜《い》い策だが、ポッポと火を焚《た》いたら、又巡行の査官《さかん》に認められ、何故《なぜ》火を焚くと云って咎《とが》められや
前へ 次へ
全76ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング