は在所の者は知ってるが、旦那今|私《わし》が貴方《あんた》の荷が臭いと云った時、顔色が変った様子を見ると、此の中は死人《しびと》だねえ」
又「馬鹿を云え、東京から他県へ死人《しびと》を持って来るものがあるかえ、白痴《たわけ》たことを云うなえ」
車「駄目だ、顔色を変えてもいけねい、己《おれ》今でこそ車を引いてるが、元は大久保政五郎《おおくぼまさごろう》の親類で、駈出《かけだ》しの賭博打《ばくちうち》だが、漆原《うるしはら》の嘉十《かじゅう》と云った長脇差《ながわきざし》よ、ところが御維新《ごいっしん》になってから賭博打を取捕《とっつかめ》えては打切《ぶっき》られ、己も仕様がないから賭博を止《や》め、今じゃア人力車《くるま》を引いてるが、旦那|貴方《あんた》は何処《どこ》のもんだか知んねえが、人を打殺《ぶっころ》して金を奪《と》り、其の死人《しびと》を持って来たなア」
又「馬鹿を云え、とんでもない事をいう、どう云う次第でそんな事を云うのだ」
車「おれ政五郎親分の処にいた頃、親方《おやぶん》が人を打殺《ぶちころ》して三日の間番をさせられた時の臭《にお》いが鼻に通って、いまだに忘れねえが、其の臭いに違《ちげ》えねいから隠したって駄目だ、死人《しびと》なら死人だとそう云えや、云わねえと己《お》れ了簡《りょうけん》があるぞ」
又「白痴《たわけ》た奴だ、どうもそんな事を云って篦棒《べらぼう》め、手前《てめえ》どう云う訳で死人《しびと》だと云うのだ、失敬なことを云うな」
車「なに失敬も何もあるものか、古河の船渡で車を雇うのに、値切《ねぎり》もしずに佐野まで極《き》め、其の上五十銭の祝儀もくれ、酒を呑ませ飯まで喰わせると云うから、有《あ》り難《がて》い旦那だと思ったが、唯《たゞ》の人と違い、死人《しびと》じゃ往《ゆ》けねえが、併《しか》し死人だと云えば佐野まで引いて往ってくれべいが、隠しだてをするなら、後《あと》へ引返《ひきけえ》して、藤岡の警察署へ往って、其の荷を開《ひら》いて検《あらた》めて貰うべい」
又「馬鹿なことを云うな、駄賃は多分に遣《や》るから急いで遣れ」
車「駄賃ぐらいでは駄目だ、内済事《ねえせえごと》にするなら金を弐拾両《にじゅうりょう》よこせ」
又「なに弐拾両、馬鹿なことを云うなえ」
車「いやなら宜《い》いわ」
 と云いながら梶棒を藤岡の方へ向けましたから、井生森又
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