しないか」
車「大丈夫《でいじょうぶ》だよ、時々|私《わし》らが寒くって火を焚く事があるが、巡査《おまわり》がこれなんだ、其処《そこ》で火を焚いて、消さないか、と云うから、へい余《あんま》り寒うございますから火を焚いて※[#「※」は「火へん+共」、第3水準1−87−42、509−1]《あた》って居りますが、只今踏消して参りますと云うと、そんなら後《あと》で消せよと云って行《ゆ》くから、大丈夫《だいじょうぶ》だ、さア此処《こゝ》へ下《おろ》すべい」
 と之《こ》れから車を沼の辺《へり》まで引き込み、彼《か》の荷を下《おろ》し、二人で差担《さしかつ》ぎにして、沼辺《ぬまべり》の泥濘道《ぬかるみみち》を踏み分け、葭《よし》蘆《あし》茂る蔭《かげ》に掻《か》き据《す》えまして、車夫は心得て居りますから、枯枝《かれえだ》などを掻き集め、燧《まっち》で火を移しますると、ぽっ/\と燃え上る。死人《しびと》の膏《あぶら》は酷《ひど》いから容易には焼けないものであります。日の暮れ方の薄暗がりに小広い処で、ポッポと焚く火は沼の辺《へり》故《ゆえ》、空へ映《うつ》りまして炎々《えん/\》としますから、又作は気を揉《も》み巡査は来やしないかと思っていますと、
車「旦那、もう真黒《まっくろ》になったろうが、貴方《あんた》己《おれ》がにもう十両よこせよ」
又「足元を見て色々な事を云うなえ」
車「足元だって、己《お》れはア女の死骸と云って己《おれ》を欺《だま》かしたが、こりゃア男だ、女の死骸に□□[#底本2字伏字]があるかえ」
 と云われて又驚き、
又「えゝ何を云うのだ」
車「駄目だよ、お前《めえ》は人を打殺《ぶちころ》して金を奪《と》って来たに違《ちげ》えねえ、もう十両呉れなけりゃア又引き返そうか」
又「仕方がない遣《や》るよ、余程《よっぽど》狡猾《こうかつ》な奴だ」
車「汝《わ》れ方《ほう》が狡猾だ」
 と云いながら人力車《くるま》の梶棒を持って真黒になった死骸を沼の中へ突き込んでいます。又作は近辺《あたり》を見返ると、往来はぱったり止まって居りますから、何かの事を知った此の車夫《しゃふ》、生《い》けて置いては後日《ごにち》の妨《さまた》げと、車夫の隙《すきま》を伺《うかゞ》い、腰の辺《あたり》をポオーンと突く、突かれて嘉十はもんどり切り、沼の中へ逆《さか》とんぼうを打って陥《おちい》りまし
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