りでございますが、お母《っか》さまが長い間お眼が悪く、貴方《あなた》も御苦労をなさいますと承わりましたから、お足《た》しになるようにと思いますが、思うようにも行届《ゆきとゞ》きませんが、これでどうぞ何かお母さんのお口に合った物でも買って上げて下さいまし、ほんの少しばかりでございますが、お見舞の印《しるし》にお持ちなすって下さいまし」
重「へい/\此間《こないだ》はまア三円戴き、それで大《おお》きに私《わし》も凌《しの》ぎを附けやしたが又こんなに沢山金を戴いては私済みやせんから、これを戴くのは此間の三円お返し申した上のことゝ致しましょう」
い「そんなことを仰しゃいますな、折角持って来たものですからどうか受けてください、お恥かしい事でございますが、私《わたくし》は貴方《あなた》を心底《しんそこ》思って居りまして済みません、あなたの方《ほう》では御迷惑でも、それは兼が宜《よ》く存じて居ります、此の間《あいだ》お別れ申した日から片時《かたとき》も貴方の事は忘れません」
と云いながら指環《ゆびわ》を抜取りまして、重二郎の前へ置き。
い「これは詰らない指環でございますが、貴方《あなた》どうぞお嵌《は》めなすって、そうして貴方の指環を私《わたくし》にくださいまし、あなた若《も》し嵌めるのがお厭《い》やなら蔵《しま》って置いてくださいまし、私は何も知りませんが、西洋とかでは想った人の指環を持って居《お》れば、生涯其の人に逢う事がなくても亭主と思って暮すものだと申します、私はほんとうに貴方を良人《おっと》と思って居りますから、どうぞこれを嵌めてください」
と恥かしい中から一生懸命に慄《ふる》えながら、重二郎の手へ指環を載せ、じっと手を握りましたが、此の手を握るのは誠に愛の深いもので、西洋では往来で交際の深い人に逢えば互《たがい》に手を握ります、追々《おい/\》開《ひら》けると口吸《こうきゅう》するようになると云いますが、是は些《ち》と汚《きたな》いように存じますが、そうなったら圓朝などはぺろ/\甞《な》めて歩こうと思って居ります。今おいさにじっと手を握られた時は、流石《さすが》に物堅き重二郎も木竹《きたけ》では有りませんから、心嬉しく、おいさの顔を見ますと、蕾《つぼみ》の花の今|半《なか》ば開《ひら》かんとする処へ露《つゆ》を含んだ風情《ふぜい》で、見る影もなき重二郎をば是ほどま
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