《あすこ》は金持だとのお指図で……」
藤「私《わたくし》は其んな事は云やアしません、驚いたなア」
何うも沈着《おちつ》いたもので、是から八ツの御退出《おさがり》から一同曲淵甲斐守公のお白洲へ出ました、孫右衞門[#「孫右衞門」は底本では「孫兵衞」と誤記]の娘お筆も引出《ひきいだ》され、訴えの趣きを目安方が読上げますると甲斐守様がお膝を進められまして、
甲「備前岡山無宿|月岡幸十郎《つきおかこうじゅうろう》」
幸「へえ」
甲「其の方が訴え出でたる趣きは十一月廿二日の夜《よ》芝赤羽根勝手ヶ原中根兵藏方へ忍び入り、家尻を切って八百両盗み取ったる金子の内を、数寄屋河岸の柳番屋の蔭に於て是なる筆に恵み与えたるに相違なく、筆には毛頭罪なき事であればお免《ゆる》しを願い度《たき》趣を訴え出でたるが全く其の方が盗み取ったる金子を是なる筆に遣わしたに相違ないか」
幸「えゝ先夜は私《わたくし》が柳番屋の蔭を通り掛りますると、是なる筆が私の袖に縋って涙を零《こぼ》しながら頼みます故、何故《なにゆえ》袖乞をするかと尋ねましたら、父が長らくの患い、腰が抜けて起居《たちい》も自由ならず商売も出来ませんの
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