是は何うも皆《みんな》酒家《さけのみ》の喰う物ばかりで」
 梅「何かお肴を」
 喜「鰻でも然《そ》う云って来ねえよ」
 梅「上《あが》るかえ」
 喜「上っても上らなくっても宜《い》い、鰌《どじょう》の抜きを、大急ぎで然う云って来や、冷飯草履を穿《は》いて往《い》け殿様|彼《あれ》は年は二十三ですが、器量が好《よ》うございましょう、幾ら器量が好くたって了簡が悪くっちゃア仕様が無《ね》えが、良い了簡で私《わっち》を可愛がりますよ」
 武「是は恐入った、馳走に成るからお前のうけ[#「うけ」に傍点]も聞かなければならんが、貴様は酒が嗜きだと云う処から初めて私《わし》が来て馳走に成り放《ばな》しでは済まんから、少し譲り難い物を遣《や》ろうか、是は容易に得難い酩酒で有る、何《いず》れで出来るか其処《そこ》は聞かんが、是は何か京都の大内から将軍家へ参って、将軍家から御三家御三卿方へ下されに成って、たしない[#「たしない」に傍点]事で有るから其の又家来共に少しずつ之を頂戴致させるんだが、何うも利き目が違って、其の酒の中へぽっちり、たらりと落して、一合の中へ猪口《ちょく》に四半分もポタリと落してやると何《なん》とも云えん味《あじわ》いのものだ、飲む気が有るなら遣ろうか」
 喜「是は何うも、何《なん》ですかえ…夫《それ》は有難うございます…此盃《これ》へ何卒《どうぞ》…是は何うも頂く物は、えへゝゝ大きな物へ」
 武「余り大きな物へ入れちゃア困る、徳利が小さいから、これへ入れてやろう」
 風呂敷を解いて小さい徳利を取出《とりいだ》して、栓《くち》の堅いのを抜きまして、首を横にしてタラ/\/\と彼是《かれこ》れ茶椀に半分程入れて、
 武「実は私《わし》も親類共へ些《ちっ》と遣り度《た》いと思って提《さ》げて来たのだが、馳走に成って何も礼に遣る物がないから」
 喜「有難う存じます、おゝお梅、行って来たか」
 梅「あゝ行って来たよ」
 喜「今な、禁裏さまや公方様が喰《くら》って、丁寧な事《こた》ア云えねえが、御三家御三卿が喰《くら》う酒で番太郎風情が戴ける物じゃねえんだが、殿様が遣ると仰しゃって戴いた」
 梅「夫《それ》はまア有難い事で、何もございませんが、召上るか召上らないか存じませんが、只今鰌の抜《ぬき》を云い付けて参りましたから」
 武「何も構って呉れちゃア困る」
 喜「宜《い》いから彼方《あっち》へ行ってろ、夫《それ》から香物《こう/\》の好いのを出しな」
 武「夫《それ》を直接《じか》に飲んではいけない、何《ど》んな酒家《さけのみ》でも直接にはやれない」
 喜「なに旦那|私《わし》は泡盛でも焼酎でもやります」
 とグイと一口飲みました。
 武「此奴《こいつ》ア気強《きつ》い」
 喜「ムヽ、是は何うも酷《ひど》いな、此奴ア、ムヽ、脳天迄|滲《し》みるような塩梅《あんばい》で」
 武「なか/\えらいな、それを二タ口と飲む者はないよ」
 喜「なに二タ口、訳アございません、薩摩の泡盛だって何《な》んでもない、ムム」
 梅「何う仕たんだよ」
 喜「なに宜《い》いよ、ム、ム大変だ、頭が割れるような酷いもので、此奴《こいつ》を公方様が喰《くら》うかね」
 武「酒を割ってやらんければいかん、残りは大切《だいじ》に取って置きな」
 喜「ヘエお梅是を何処《どっ》かへ入れて置きな」
 武「ポッチリ酒に割って飲むのだ、私《わし》は少し取急ぐで、是を親類共に持って行ってやらんければならん、又此の頃に来る」
 喜「只今抜きが直《じ》きに参りますが…左様ですか…御迷惑で、誠に失礼を致して恐入ります」
 武「大きに厄介で有った、御家内誠に世話に成りました」
 と丁寧にお武家が家内にも挨拶をして落着き払って、チャラリ/\雪駄《せった》を穿いて行《ゆ》く後影《うしろかげ》を木戸の処を曲るまで見送って、
 喜「有難うございました、どうぞ殿様此の後《のち》も寄ってお呉んなさい、へえへえ有難う、おい嬶《かゝ》ア、大切《たいせつ》に取って置きな、御三家御三卿が喰《くら》うてえんだが、旨くも何共《なんとも》ねえものを飲むんだな、香の物の好《い》いのを出して呉れ、酒家《しゅか》は沢山《たんと》の肴は要らない、香の物の好いのが有ればそれで沢山だ、併《しか》し酷《ひど》い酒を飲《のま》せやアがったなあゝ痛《いて》え、変な酒だな、おいお梅|一寸《ちょっと》来て呉んな、ウ、ウ、腹が痛えから一寸来て呉れ」
 梅「極りを云ってるよ、お前飲み過《すぎ》だよ、※[#「※」は「やまいだれ+仙」、488−13]癪《せんしゃく》に障るんだよ」
 喜「彼《あ》ン畜生変な物を飲ましやアがって、横ッ腹《ぱら》を抉《えぐ》るように、鳩尾骨《みぞおち》を穿《ほじ》るような、ウヽ、あゝ痛え」
 梅「何うしたんだよ」
 喜「ア
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