ヽ痛え、ア痛たゝゝ、お、お梅、脊中を押して呉れ、脊中じゃアねえ、肩の処を横ッ腹を」
梅「何処《どこ》だよ」
喜「其処《そこ》じゃアねえ、此方《こっち》の足の爪先だ、膝だ、あゝ肩だ」
ともがいて居ます、恐ろしいもので、節々《ふし/″\》の痛みが夥《おびたゞ》しく毛穴が弥立《よだ》って、五臓六腑|悩乱《のうらん》致し、ウーンと立上るから女房は驚いて居ると、喜助は苦しみながら台所へ這い出してガーと血の塊を吐いて身を震わして居る。お梅は恟《びっく》りして、
梅「家《うち》の良人《ひと》が何うか為《し》ましたから誰方《どなた》か来て下さいよう、總助さん/\」
總「何うした/\、きまりだ、吐血だ、だから酒を飲んじゃア宜《い》かねえと云うのだ、何う云うものだこれ喜助|確《しっか》りしろ、喜助/\」
喜「ウーン」
それなりに相成りました。
總「何う云う訳だ」
と云うとお梅は涙ながら、これ/\斯《こ》う云う訳で御酒《ごしゅ》を割って飲まなければ宜《い》けないと云うのを家《うち》の良人《ひと》が直接《じか》に飲みましたから身体に障ったのでございましょう。
總「夫《それ》は怪《け》しからん事だ、何しても御検視を願わなければならん」
と云うので、御検視到来に相成りお医者も立会って調べると、是は全く酒の毒だが、尋常《たゞ》の死にようではない、余程|効能《きゝめ》の強い毒酒ではないかと、依田豊前守様の白洲へ持出したが御奉行が其の酒を段々お調べに成り、医者を立会《たちあわ》して見ると、一ト通りならん処の毒薬で、何でも是は大名|旗下《はたもと》の中《うち》に謀叛《むほん》之《こ》れ有る者、お家を覆《くつがえ》さんとする者が、毒酒を試しに来たに相違ないと云うので、女房に其の武家の顔を知って居《お》るかと尋ねると、これ/\斯《こ》う云う姿の武家|体《てい》と申し上げたので、人相書を作り八方十方へお手配《てくば》りに成り箱根の前まで手が廻る事に成ったが、知れません。お梅は貞節な婦人ゆえ泣いてばかり居ります。里方で引取ろうと云うと、
梅「私《わたくし》はお願いだから、あの武士《さむらい》が毒を試しに来て、始めから何うも様子が訝《おか》しいと思ったが、顔を知って居るのは私《わたし》ばかり、此の長谷川町を再び通る気遣いは有るまいから、人の盛《さか》る処へ行ってあの侍を見付けて、亭主の敵《かたき》を強いお上《かみ》に取って貰わなければならないから、何うぞ私《わたくし》を吉原へ女郎に売って下さい、格子先へ立つ人の中にあの武家に似た人が有ったら騙《だま》して捕まえて亭主の敵を討つ」
と云い張り、幾ら留めても肯《き》かず遂に江戸町《えどちょう》一丁目|辨天屋《べんてんや》の抱えと成って名を紅梅《こうばい》と改め、彼《か》の武士《さむらい》の行方を探すと云う亭主の敵討《かたきうち》の端緒でございます。
二
今日《こんにち》の処は、長谷川町の番人喜助の続きとお話が二途《ふたみち》に分れますが、後《のち》に一つ道に成る其の前文でありますからお聴き悪《にく》い事でございましょう、扨《さて》築地《つきじ》の本郷町《ほんごうちょう》と小田原町《おだわらちょう》、柳原町《やなぎはらちょう》と町内が繋《つな》がって居りますが、小田原町の家主《やぬし》に金兵衞と申す者がございまして、其の頃は家号《いえな》を申して近江屋《おうみや》の金兵衞と云う処から近金《ちかきん》と云われます、年齢《とし》は四十二に成りますが、真実な人で、女房をお蓮《れん》と云って三十八に成ります、家主《いえぬし》の内儀《かみ》さんは随分|権式《けんしき》ぶったものでございますが至って気さくなお喋りのお内儀さんで、夫婦寄ると子が無いので其の噂ばかりして居ります。
蓮「旦那え/\、もう何《ど》うも何《な》んですね、夫婦の中に子の無い位心細いものは無いと思って居ます、お互に年齢《とし》を取って、来年はお前さんは四十三だよ」
金「年齢《とし》の事を云うと心細くなるから其んな事を云うな」
蓮「だってさ、夫婦養子をしても気心の知れない者に気兼《きがね》をするのも厭《いや》だし、五人組の安兵衞《やすべえ》さんなどは、無い子では泣きを見ないから寧《いっ》そ子の無い方が宜《い》いと云う側から子が出来て、今度ので十二人だてえます」
金「あの人は子福者《こぶくしゃ》だのう」
蓮「其の癖お内儀さんは痩ぎすで子は無さそうだのに」
金「お前《めえ》などはポッチャリ肥満《ふと》ってゝお尻も大きいから子は出来そうだが」
蓮「授かりものですね、子がなければ夫婦養子を仕なければ成りませんが、夫婦養子と云うよりも私の考えじゃア一人娘を貰って置いて、お前|様《さん》には甥《おい》だが竹次郎《たけじろう》
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