《や》る事もあらア」
梅「お戯《ふざ》けでないよあのお店《たな》から酒の下物《さかな》にしろって台所の金藏《きんぞう》さんが持って来た物があるよ」
喜「彼奴《あいつ》め下物だって鮭の頭位だろう、あゝ有難い持つべきものは女房か、有難いな、何《ど》うしたっても好《い》い酒は四方《よも》へ行かなければ無《ね》えな」
とクビーリ/\飲んで居る、其の時店先へ立止りました武士《さむらい》は、ドッシリした羅紗《らしゃ》の脊割羽織《せわりばおり》を着《ちゃく》し、仙台平《せんだいひら》の袴《はかま》、黒手《くろて》の黄八丈《きはちじょう》の小袖《こそで》を着《き》、四分一|拵《ごしら》えの大小、寒いから黒縮緬の頭巾を冠《かぶ》り、紺足袋《こんたび》日勤草履《にっきんぞうり》と云う行装《こしらえ》の立派なお武士、番太郎の店へ立ち、
武「これ此処《こゝ》に有る紙を一帖《いちじょう》呉れんか」
喜「へいお入来《いで》なさいまし是は何うも御免なさいまし、誠に有難う、其処《そこ》に札が附いてます、一帖幾らとして有りますへい半紙は二十四文で、駿河《するが》半紙は十六文、メンチは十個《とお》で八文でげす、藁草履は私《わっち》の処が一番安いのでございます、有難う誠に何うも、其処へ行くんですが、ちょいと銭を箱の中へ放り込んで一帖持って行って下さいまし、札が附いてますから間違えは有りません」
武「なに貴様は余程酒が嗜《す》きだな、私《わし》が此処《こゝ》を通る度《たび》に飲んで居《お》らん事はないが、貴様は余程《よっぽど》酒家《しゅか》だのう」
喜「ヘイ嗜きです、お寒くなると朝から酒を飲まねえと気が済みませんな」
武「酒家《さけのみ》は妙なものだな、酒屋の前を通ってぷーんと酒の香《におい》が致すと飲み度《た》くなる、私《わし》も同じく極《ごく》嗜《すき》だが、貴様が飲んで居《い》る処を見ると何となく羨《うらやま》しくなる」
喜「え、殿様もお嗜きで、極《ごく》好《い》い酒が有ります、私《わっち》ゃア番太郎ですが江戸ッ子の番太郎は余り無《ね》えんです、極好い酒が有りますから、誠に失礼ですが一つ召上れ」
武「それは辱《かたじけな》いなア」
梅「あらまア御免遊ばせ酔って居りますから、お前さん何と云う事だよ、お武家様を番太郎の家《うち》などへお上げ申す事が出来ますものかね」
喜「いや嗜きじゃア堪らねえ、ねエ殿様、此方《こちら》へお上《あが》んなさい、長い刀《もの》を一本半分差して斯《こ》ういう家《うち》に上ると身体を横にしなければ這入れませんよ」
武「是は御家内か、私《わし》も酒が嗜きでな、此処を通る度に御亭主が飲んで居る、今|一寸《ちょっと》買物をして見ると矢張《やっぱり》飲んで居て羨しく遂《つい》やる気になりました」
梅「でも汚ない此んな狭い処へ」
喜「宜《い》いから黙ってろ、殿様|此女《これ》の里は白銀町《しろかねちょう》の白旗稲荷《しらはたいなり》の神主の娘ですが、何うしたんだか、亭主思いで、私《わたくし》が酒を飲んでは世話を焼かせますが、能く面倒を見ます」
梅「お止《よ》しよ」
武「では一盃《いっぱい》戴こうか」
喜「お酌をして上げな、大きい盃《もの》で」
武「これは御内儀《ごないぎ》痛み入りますな、お酌で」
梅「誠に何うも召上る物が有りませんで」
武「いや心配してはいかん、却《かえ》って是が宜しい成程是は何うも余程|好《い》い酒を飲むな」
喜「えゝ四方《よも》で、彼家《あすこ》では好い酒を売ります、和泉町《いずみちょう》では彼家ばかりで、番頭が私《わっち》を知ってるので、私が買いに行《ゆ》くと長谷川町の番太が来たって別に調合を仕ないで、一本生《いっぽんぎ》の鬼殺しを呉れますが、酒は自慢で」
武「うむ是は堪らん、では近附《ちかづき》の為に一盃《いっぱい》」
と喜助に差しました。喜助は頭《かしら》を下げ。
喜「へー有難う、おいお梅|此処《こゝ》へ来い酌をして呉れ手前《てめえ》は己に能く酒を飲むな/\てえが立派なお武家様がこんな汚い家《うち》へ這入って来て番太郎と酒を飲合《のみあ》い、殿様のお盃《さかずき》を私《わし》が飲んで其の猪口《ちょく》を洗《そゝ》ぐのは水臭いって殿様が直《すぐ》に召上ると云うのは酒の徳だ」
武「酒には上下の差別をしてはいけない」
喜「洒落《しゃれ》た好い殿様だ、何卒《どうぞ》毎日来て下さいまし、殿様|私《わっち》の為めには大切のお店の番頭が私を贔屓で去年の暮に塩辛を呉れましたが、好い鯛の塩辛で、それと一緒に雲丹《うに》を貰ったんですが、女房《かゝあ》は雲丹をしらねえもんだから、鬼を喰うと間違えました、是は※[#「※」は「うおへん+「臘」のつくりの部分」、486−5]《からすみ》」
武「
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