が宜《い》い上に、一寸気が利いて、親孝行で、あんな好《い》い娘はありませんぜ」
 女「可哀想にあの位の器量をもって…」
 勘「ありゃア姐さん、親父《おとっ》さんが死んで仕舞うと却って助かりますぜ」
 女「そんな事を云いなさんなよ」
 勘「あの親父《おやじ》は堅いから喧《やかま》しいが親父が死んで仕舞えば旦那でも何《なん》でも取れます、あれで軟かい着物でも着せてお化粧《しまい》をさせて置いて御覧なせえ、そりゃア素敵なもんだ、親父はもう、直《じき》に死にますぜ」
 女「馬鹿な事をお云いでない、只《たっ》た一人のお父《とっ》さんが逝去《なくな》った日には本当に可哀そうだ」
 勘「なに死ねば宜《い》いや、兎も角も美《い》い嬢《こ》ですねえ」
 女「真実《まこと》に宜いのう、愛らしいこと、人※[#「※」は「てへん+丙」、534−9]《ひとがら》で恰《まる》でお屋敷さんのお嬢さん見たようで、実に女でも惚れ/″\するのう」
 勘「姐さんでも惚れますかえ」
 女「お前水を汲んでやんなよ」
 勘「汲んでやる処じゃアない、お筆さんが井戸端へ行くと跡から飛んで行って汲んでやるので、此間《こないだ》も佐吉《さきち》の野郎が水を汲んで喧嘩をしやした、恰でお筆さんは手を下《おろ》す事もないが、佐吉の野郎が助倍《すけべい》な奴で、お筆さんだと大騒ぎやって汲んでやりやアがって井戸端へ洗濯屋の婆さんが来て私にも汲んでお呉れというとね、佐吉が井戸を覗き込んでいゝ塩梅に中に水があれば宜《い》いが、と井戸に水のねえ訳はねえが現金な野郎で…何しろ好《い》い女だ、親父が死んで仕舞うと旦那を取るよ、親父が死ぬと彼方此方《あっちこっち》で世話をする者があると死んだ親父に済まないから旦那なんぞを取るのは厭だと云うねえ、それを強《たっ》て勧めるから旦那を取るけれども若い好《い》い男は取らないねえ、何《なん》でも六十三四位の金のある奴を勧めると屹度旦那に取りますぜ」
 女「どうだか知れやアしない」
 勘「なアに取りますよ、取るけれども彼《あ》ア云う気性だから旦那に金を遣わせないね、大きな家《うち》へも這入らない、新道《しんみち》で一寸八畳に六畳位の小さな土蔵でもある位な家を借りて居るね、下女は成丈《なりた》け遣わない、自分でお飯《まんま》を焚いたり何か為《し》ますそれで綺麗好だから毎朝表の格子を拭きますよ、其の時其の前を私《わっち》が通り掛ったら、何《ど》うだろう」
 女「誰《だ》れが」
 勘「私《わっち》さ、扮装《なり》を拵《こしら》えるね此様《こん》な扮装《いでたち》じゃアいけないが結城紬《ゆうきつむぎ》の茶の万筋《まんすじ》の着物に上へ唐桟《とうざん》の縞《らんたつ》の通し襟の半※[#「※」は「ころもへん+(纒−糸)」、535−10]《はんてん》を引掛《ひっか》けて白木《しろき》の三尺でもない、それより彼《あ》の子は温和《おとなし》い方が好きですかねえ、草履より駒下駄を履いて前を通りましょうお筆さんが見ると屹度声をかけますよ、おや勘次さん、おや姉《ねえ》さんお宅は此処《こゝ》ですかえ、はア斯《こ》んな処へ来ました、まアおよんなさいよお茶を飲《あが》って行ってお呉んなさいよと先方《むこう》で云うに違いない、義理堅い娘《こ》だから、水や何か汲んでもらった廉《かど》があるからお上《あが》んなさいましよと云うねえ、此処で私《わっち》が旦那でもお在《い》でだとお邪魔に成るからと云うと、いゝえ誰も居ませんから、まアお上んなさいましよと手を取って引張るね、寄りたいけれども其の時ゃア私は我慢して、何《いず》れ又というので無理に振り払って帰るね、二度目に通る時に又おつな扮装《なり》をして今度は此方《こっち》から声を掛けると、まア上ってお呉んなさいと引張り込んでお茶を入れる、家《うち》に酒も附いて居るから一寸お一つ召し上れと私の酒好きを知っているから、気が付く子だから酒を出す、これは済みませんねえ、旦那は毎晩お出でなさるかと聞くと、いゝえ毎晩は来ません通い番頭で年を老《と》って居ますから、月に漸く三度位しきゃア来ません、時々遊びに参っても宜うございますか、宜いどころじゃアありません、どうぞ始終遊びに来て下さい、姐《ねえ》さんはお壮健《たっしゃ》ですかとお前さんを聞くよ、情愛があるから……それから屡々《ちょく/\》遊びに行って何時も御馳走に成って済まないと偶《たま》には何か奢ってやるね、度々《たび/\》行く様に成るとそこは阿漕《あこぎ》の浦に引網《ひくあみ》とやらで顕《あらわ》れずには居ない、其の番頭が愚図/\云うに違いない、然《そ》うすると私が依怙地《えこじ》に成って何を云やアがる此方《こっち》じゃア元より一つ長屋に居たんだ、確乎《ちゃん》と約束がある女だ、誰《たれ》に断って此の女を慰み者にし
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