りましたが、誠に不幸の人で再び大難に遇《あ》う条《くだり》一寸《ちょっと》一息つきまして。

        五[#「五」は底本では「四」と誤記]

 えゝ、米倉屋孫右衞門の家では、二月の十日が娘の三十五日で谷中|静雲寺《せいうんじ》に於《おい》て、水死致した娘の事で有りますから、猶更|懇《ねんご》ろに法事供養を致しました。すると其の年の八月此の米倉屋孫右衞門の家内おゆうが四十七歳で死去《みまかり》ました、重ね/″\の不幸のみならず、娘の入水致した時などは、余程入費も費《ついや》しました事で、引続いて種々《いろ/\》の物入《ものいり》のございましたので、身代も余程衰えて来た処へ、其の年の十一月二十九日の日《ひ》に籾倉《もみぐら》の脇から出火で福井町から茅町《かやちょう》二丁目を焼き払った時に土蔵を落して丸焼に成り、米倉孫右衞門、神田三河町に立退きまして商売替を致し、米商売を始めました処、案外の損を致しました、然《しか》るに又宝暦の六年は御案内の年代記にも出て居りますが、江戸の大火で再び焼失致しましたから遂に身代限りを致し、何《ど》うも致方《いたしかた》がないから僅《わずか》の金を借りて京橋の鍛冶町《かじちょう》へ二間間口の家を借り、娘に小間物を商なわせ、小商《こあきない》を致して居ります中《うち》に、余り心配を致したのが原因《もと》に成って孫右衞門は病の床に就《つ》きました、娘のお筆は大切に看病を致して居りますが、誠に不幸な人でございまして、死ぬ処を助けられて宜《よ》い処へ行ったと思うと其の家が零落を致し養母には間も無く死別《しにわか》れ、親父は病気に成って其の看病を致しますが、一体孝心の娘でございますから、店で商いを致しながら父の看病を怠《おこたり》なく致しまする故か、孫右衞門の病気も怠った様でございますが、頓と身体が利きません、先ず中気の様に成りました、仕方がないから家主|藤兵衞《とうべえ》へ相談の上、店を仕舞って裏屋住いに成り、お筆が僅の内職を致しますが居立《いたち》の悪い親を介抱致しながらでございますから、内職を致す間《ま》も碌々ございません、親父が寝付いた間《ま》に内職を致すのだから何程の工銭《こうせん》も取れません、売り喰いに致して居りましたが、末には、何うも致方がない、読者《あなたがた》は御存じがありますまいが、貧乏人の身にある事で米薪が切れる、着物が切れる畳が切れる、其のぼろを隠すのは苦《くるし》いもので有ります。お筆はお米を買う事が出来ないから、自分が喰べずに米櫃《こめびつ》を払ってお粥にして父に喰べさせても、己《おのれ》はお腹《なか》が空いた顔を父に見せません、近処でも是を知って可哀想に思って居りますが直《じ》き其の裏に五斗俵市《ごとびょういち》と云う人がございます。茶舟《ちゃぶね》の船頭で五斗俵《ごとびょう》を担《かつ》ぐと云う程の力の人でございます、其処《そこ》の姐御《あねご》は至極情け深い人で、然《そ》う云う強い人の女房でございますから鬼の女房《にょうぼ》に鬼神《きじん》の譬《たとえ》、ものゝ道理の分った婦人で有りますから、お筆を可愛がって居ります。
 女房「おい、勘次《かんじ》や、お前あの奥のお筆さんの処へ序《ついで》に水を汲んでやんなよ、病人があるから定めし不自由だろう、何かお菜《かず》を拵《こしら》えてやろうと思うが、手一つで親の看病をしながら内職をして居るので、何もする事が出来ないとよ、可哀想だから目をかけて遣《や》んなよ」
 勘「えゝ姐さん目をかける処《どころ》じゃアない、何時《いつ》でも井戸端へ行くたア、水を汲んでやります」
 女「焼豆腐を煮てやりたいと思うが、勘次、お前出来るかえ」
 勘「えゝ出来ますとも私《わっち》が煮て上げましょう」
 女「お前に煮られる者か」
 勘「煮られなくって、七輪を此処《こゝ》へ持って来やしょう」
 女「そうだねえ、まア火を煽《おこ》してお呉れ……消炭《けしずみ》を下へ入れて堅い炭を上へ入れるのだよ、あら、鍋が空じゃアないか、湯を入れて掛けるのだアね、旨くやんねえよ」
 勘「宜《よ》うげす…それ七輪の火が煽って来た…徐々《そろ/\》湯が沸立《にた》って来たぞ御覧《ごろう》じろ今に旨く煮てやるから一寸《ちょっと》お塩梅《あんばい》をしよう」
 女「おい、お前が何も塩梅しなくっても宜《い》い、然《そ》うバタ/\七輪の下を煽《あお》がないでも宜いよ、お前のは他見《わきみ》ばかりして居るから、上の方で灰ばかり立って火が煽《おこ》りゃアしない」
 勘「なに、大丈夫だ今旨く煮て見せやす、ねえ姐さん/\」
 女「何《なん》だい」
 勘「裏のお筆さん位|美《い》い女は沢山《たんと》はありませんねえ」
 女「あゝ美い嬢《こ》だねえ、人柄がいゝねえ」
 勘「女が美《よ》くって人柄
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