て居ると威張るね…いや然《そ》んな事を云うと彼《あ》の娘《こ》が驚いて愛想をつかすといけねえから…なに構わない向うは歳を老《と》って居るから威《おど》して先の家《うち》へねじ込んで仕舞えば然《そ》んならばと云うので、手切れに成る」
 女「何《なん》だえお前、何でも無いのに手切れが取れるものかね」
 勘「今はまだ何でもありませんが今に成るねえ、併《しか》し然う喧《やかま》しく掛合ってもあの子が心配をするから、其処《そこ》は旨く話合いにして百両取るよ、然うしたら私《わっち》は質から出したい着物がある、そうなるとお前さんに芝居を奢りますね」
 女「勘次お前気が違ったのかよ」
 勘「だって本気です、七輪の火がおこらねえが」
 女「其の筈よ猫の尻を煽《あお》いでるぜ」
 勘「シヽヽ猫め彼方《あっち》へ行《ゆ》け、是れは恐れ入った、姐《ねえ》さん今に煮えたら直《すぐ》に持って行きましょう」
 と交々《かわる/″\》近所の者がお菜《さい》を持って往《ゆ》きますから、喰物《たべもの》に不自由はないが肝心のお米と炭薪などは買わなければなりません、段々に冬に成る程詰って参り、遂には明日《あす》のお米を買って親父にたべさせる事も出来なくなりました。

        六[#「六」は底本では「五」と誤記]

 お筆は何うしたら宜かろうと種々《いろ/\》考えましたが、斯《こ》うなっては迚《とて》も致し方がないから、能く人が切羽に詰った時には往来の人の袖に縋《すが》る事も有ると聞いた事もあるから、袖乞《そでごい》に出る気に成りましたが、あゝ恥かしい事では有るが親の為には厭《いと》う処でないが袖乞をする事がお父さんに知れたら猶御心配をかけるようなものだと種々に考えまして親父の寝付いた時分に窃《そっ》と抜け出して数寄屋河岸《すきやがし》の柳番屋の脇の処に立って居りました。寒くなると人の往来《ゆきゝ》は少のうなります、酒臭き人の往逢《ゆきあ》う寒さかなという句がありますが、たま/\通る人を見ても恵《めぐみ》を受けようと思う様な人はさっぱり通りません。お筆は手拭を冠《かぶ》って顔を隠し焼け穴だらけの前掛に結びっ玉だらけの細帯を締めて肌着が無いから慄《ふる》えて柳の蔭に立って居ると、丁度|此処《こゝ》へ小田原提灯を点けて二人連れで通り掛った者がありますから、
 筆「もし貴方」
 と言掛けましたが是は中々云えんそうでございますが実に慣れないでは云えるものではない、乞食が慣れて来ると段々貰いが多くなるそうで、只今では無いが浪人者が親子連れで「永々の浪人|御憐愍《ごれんみん》を」と扇へ受けまして、有難う存じます、と扇を左の手に受けて一文貰うと右の手に取って袂《たもと》へ入れる、其の間に余程手間が取れるから往々貰い損《そこな》います、少し馴《なれ》て来ると、有難う存じますと直《すぐ》に扇から掌《てのひら》へお銭《あし》を取る様に成る、もう一歩慣れたら何《ど》うなりますか、併《しか》し乞食などは余り慣れないでも宜《よ》いが、有難う存じますと扇を持って居る掌へ辷込《すべりこ》ませると申しますが、慣れない事は仕様のない者で中々その初めの中《うち》は云えん者だが明日《みょうにち》御飯《おまんま》を喰べる事が出来ないと云う境界《きょうがい》でございますから一生懸命であります、殊に命を助けて呉れた大恩のあるお父《とっ》さんに御心配をかけては御病気にも障る事で何分にも他に何を致そうと思っても手放す事が出来ず、暗夜《やみよ》の事だから人に顔を見られなければ親の恥にも成るまいと思い、もう一生懸命で怖いも何も忘れて仕舞い、
 筆「貴方お願いでございます」
 ○「アヽ、何《なん》だい突然《だしぬけ》に恟《びっく》りした、どうも此処等《こゝら》へは獺《かわうそ》が出るから……」
 筆「永々親父が煩いまして難渋致します、何卒《どうぞ》親子の者を助けると思召して御憐愍《ごれんみん》を願います」
 ○「然《そ》んなら早く然《そ》う云えば宜《よ》いのに吉田さん/\、袖乞だ一寸御覧」
 と小田原提灯の火影《ほかげ》で見ると
 「中々|美《い》い女だ繻絆を着ないで薄い袷《あわせ》見た様な物を着て何《ど》うも気の毒な事だの」
 △「成程是は美い素敵だ姉《ねえ》さん親父《おとっ》さんは余程悪いかえ」
 筆「はい永い間病気で」
 ○「困るだろうねえ無尽《むじん》を取って来たから……取って来たって割返しだよ、当れば沢山《たんと》上げるが只《たっ》た六十四文ほきゃアないが是をお前に私《わし》が志しで」
 筆「有難う存じます」
 と金を貰ってしくしく泣《ない》て居りました、此の為体《ていたらく》を見て一座の男が、
 甲「アヽ、泣くよ本当に嬉しいのだ、真に喜んで泣くよ偽乞食《にせこじき》でないから、お遣りお前は小花《こば
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