前|住所《ところ》は申し上げられません、どうぞお慈悲と思召してお見逃しなすって下さい」
 妻「まア然《そ》んな事を云わずに何うか其の訳を聞かせて下さい、私も娘の行方が知れなくなって、それがまア実は家《うち》に居た手代の金次郎《きんじろう》という者と、まア誠にお恥かしい事だけれども悪い事をして、親にも申し訳がないというので死ぬ気になったと見え、二人共家を出で昨日《きのう》まで行方が知れません、処が金次郎の死骸だけは分って鉄砲洲《てっぽうず》で引揚げましたから金次郎の親の家が芝《しば》の田町《たまち》で有りますから旦那と私と行って是々と話すと先方《むこう》でも一方《ひとかた》ならん歎《なげき》ではありましたが、まだ私の娘の死骸が分りませんので諸方へ手分《てわけ》をして捜している内、何処其処《どこそこ》へ斯《こ》ういう死骸が流れて来たなどゝ人の噂を聞き、船で彼方此方《あちらこちら》捜して永代の橋の処まで来ると、今飛込んだ娘があるというから、実は自分の娘と思って慌てゝ船頭に頼んで引揚げて貰った処が、お前さんまア歳頃といい私共の娘と同じ形《なり》の小紋の紋附帯も矢張《やっぱり》紫繻子|必定《てっきり》我子《わがこ》と思いましたが、顔を見れば違っているから、実は落胆《がっかり》しましたが、娘を持つ親の心持は同じ事で、嘸《さぞ》お前さんの親御も案じてお在《い》でだろうから、何事も打明けて仰しゃいまし」
 と親切に言われて、お筆は唯泣いて居りました。

        四[#「四」は底本では「三」と誤記]

 お筆は漸々《よう/\》顔を上げまして、
 筆「御親切は有難う存じますが、是には深い訳がございまして、親共に顔向の出来ない事で、何卒《どうぞ》お見逃し下さい、親共は堅い気性でございまして、此の儘帰れば手打に相成ります、それも厭《いと》いませんが却《かえ》って憖《なまじ》い立腹をさせるよりは今|一思《ひとおも》いに死んだ方が宜いと存じますから……」
 孫「そんな解らん事を云って困るよ、お父《とっ》さんが手打にするというのは夫《それ》はほんの嚇《おど》しで、能く然《そ》んな事をいう者だが、私共のような者でも一人娘が時々心得違いの事でもあると、只《たった》一人の娘でも叩き出すというが、お侍が手打にするというのと同じ事で、決して本当に手打にしたり、叩き出したり出来る訳の者ではない……これ時藏《ときぞう》[#「時藏《ときぞう》」は底本では「由藏《よしぞう》」と誤記]は帰ったか何うも知れないか」
 時「へえ、王子《あちら》の方でも、何うも彼方《あちら》へ入《いら》っしゃいませんそうで彼方でもお驚きで、何《いず》れ此方《こちら》からお訪ね申すという事で」
 孫「夫は困ったなア、あの瀧二郎《たきじろう》は帰って来たか」
 瀧「へえ、只今帰りました」
 孫「何をマゴ/\して居るのだ早く此方《こっち》へ来て知らせて呉れないでは困るなア、何うだのう、知れないか」
 瀧「へえ、伊皿子台《いさらこだい》の方へもお出でがないって、何うもお驚きで誠に飛んだ事でお仕合せな事でと斯《こ》う申しました」
 孫「何がお仕合せだ、何《なん》だか解らん口上ばかり云って……まアも一度本気になって迷児《まいご》を尋ねに出て貰いたい」
 瀧「迷児どころではない、もう十八になった娘でございますから迷親《まいおや》で」
 孫「誰だ、そんな悪口《わるくち》をいうのは」
 御主人は立腹致す、大騒ぎで、是から八方へ手を分けて尋ねまする中《うち》に、築地の方へ流れて来た死骸は是々だというから直《すぐ》に行って見ると全く娘の死骸でございますから、直に検視を願って漸く家《うち》へ引取って、野辺の送りを致すやら実に転覆《ひっくりかえ》るような騒ぎ、それで段々|延々《のび/\》になって彼《か》の娘の事をきく間《ま》もないほどの実に一通りならん愁傷で、先《まず》初七日《しょなぬか》の寺詣りも済みましたが、娘は駈出そうと思っても人が附いて居るから、又駈出して愁傷の処を騒がせて厄介を掛けては気の毒と思ったから、奥の狭い処へ這入って只|此処《こゝ》の親達の心を察しは[#「察しは」は「察しては」の誤記か]泣き、自分の親も嘸《さぞ》案じて居るだろうと心配しては泣き、見るにつけ聞くにつけても涙ばかり、漸く二七日《にしちにち》も済みましたから、
 孫「どうも大きに御苦労だった、今度は変死の事だから寺詣りも何も派手には行《ゆ》かず、碌々他に何も致さんが、何《いず》れ仏の為には功徳をする積りだ……あのなに何《なん》とか云った、あの娘《こ》の名よ」
 妻「まだ申しませんよ」
 孫「困るのう、何とか云って呉れゝば宜《い》いに、何うしても云わんかえ、是へ呼んでおくれ、婆さんお前に昨夜《ゆうべ》云った事を得心するだろうか、まア姉さん
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