す、其の娘と手習朋輩で前々《まえ/\》懇意に致した事が有りますが、手紙の贈答《やりとり》を致すと云う事を聴いて居ましたが夫《それ》へは多分参りますまいと思います」
 金「だから何処か行きそうな処は有りませんか」
 清「中番町《なかばんちょう》で外村金右衞門《とのむらきんえもん》と云う是はその直参《じきさん》と申しても小普請《こぶしん》で居ります、母方の縁類と云う訳でも何《なん》でも有りませんが極《ごく》別懇に致しまして、両度程連れて行《ゆ》きましたが夫へは多分参りますまい」
 金「だから何処か行きそうな処は有りませんか」
 清「谷中《やなか》日暮《ひぐらし》に瑞応山《ずいおうざん》南泉寺《なんせんじ》と云う寺が有ります、夫に宮内健次郎《みやのうちけんじろう》と云う者が居ますが、夫へは多分参りますまい」
 金「行かない処ばかり云っては困る」
 清左衞門は唯おど/\して何処を探そうと云う目途《めあて》もなく心配致して居ります。翌朝《よくちょう》に成って、
 金「清左衞門さん私《わし》の家《うち》へお出《いで》なさい、一緒に七草粥を祝おうじゃアないか」
 と云うので是から諸方へ手分けをして迷子を捜し大川筋を尋ねさせましたが知れません、今七草粥を祝おうと箸を取って、喰《たべ》に掛ると表をバラバラ人が通り、
 ○「何《ど》うした/\」
 □「浪除杭《なみよけぐい》に打付《ぶっつ》かった溺死人《どざえもん》は娘の土左衛門で小紋の紋付を着て紫繻子の腹合せの帯を締めて居る、好《い》い女だが菰《こも》を船子《ふなこ》が掛けてやった」
 △「行って見ろ/\」
 金兵衞も清左衞門も之を聞くと等しく慌てゝ茶椀と箸を持《もっ》たなりで戸外《おもて》へ飛出したから見物人は驚きました。
 ○「何を丼鉢《どんぶりばち》を振廻すのだ」
 清「そ其の土左衛門は何処に居ります」
 金「旦那土左衛門は何処に居ります」
 ○「何を為《し》やアがるんだ、見ねえ、どうも気違《きちげ》えだ、人に飯を打掛《ぶっか》けて」
 金「何《なん》と心得て居る、町役人《ちょうやくにん》だぞ、ど何処だ/\」
 ○「土左衛門へは船子が菰を掛けてやって、ブッカリ/\彼方《あっち》へ流れて行きました」
 と云われて両人は気脱《きぬけ》のした様になり箸と茶椀を持ったなりで帰って来て、
 清「はあー娘は面目ないので身を投げたか」
 金「いや昨夜《ゆうべ》飛込んだものが然《そ》う急に浮く訳のものじゃアない、似た人は世間に幾らも有る、お筆さんはよもや死んなさりゃアしまい、心配なさんな」
 清左衞門は実に呆然《ぼんやり》して、娘は盗賊《どろぼう》の汚名を受けこれを恥かしいと心得て入水《じゅすい》致した上は最早世に楽《たのし》みはないと遺書《かきおき》を認《したゝ》め、家主《いえぬし》へ重ね/″\の礼状でございます、其の儘浪宅をさまよい出《い》で諸方を探したが知れん。不図《ふと》気附いたは高奈部《たかなべ》の家の姪《めい》は放蕩無頼の女で、十六位から浮気心が有って、只今は女郎に成って居ると云う事だが、折々先方から手紙が来て、私《わし》に知らさんように手紙の贈答《やりとり》をして居ったが、万一《ひょっと》したら行《い》き宜《い》いから左様な処へでも行きはしまいかと、是から吉原へ這入って彼処此処《あちこち》を探して歩行《ある》いたが分りません。店先を覗《のぞ》きながら段々来て、江戸町一丁目の辨天屋の前まで来ました。
 娼「ちょいと喜助《きすけ》どん、あの格子先に立って居るお客さんに会いたいから、そら覗いて居る人だよ」
 喜「えへゝ旦那/\」
 清「はい」
 喜「華魁《おいらん》が貴方にお目に掛りたいと仰しゃいますんで」
 清「左様でございますか、何処《どれ》へ出ます」
 喜「何うか籬《まがき》の方へお出《いで》を願います」
 其の内華魁が上草履《うわぞうり》を穿《は》いて跡尻《あとじり》から廻って参りますのを見て。
 清「お前さんかえ、すっかり忘れてしまった、極《ごく》年の行かん時分に会ったのだから」
 娼妓はいきなり清左衞門の胸倉を固く捕《と》り、声を振立て、
 娼「此の武家《さむらい》だよ、私の亭主に毒を飲まして殺した奴は」
 清「何をする………」
 其の中《うち》に若者《わかいもの》が多勢《おおぜい》にて清左衞門を取押えて大門《おおもん》の番所へ引く事に成りました。是れから直《すぐ》に町奉行所へ出て、依田豊前守のお調べに成りましたが、此の下河原《しもがわら》清左衞門は人違いか、全く彼《か》の毒を盛った武家《さむらい》か、是れは後篇に申し上げることにいたします。

        三

 えゝ引続きの依田政談で依田豊前守御勤役中には少しお六《むず》ケしい事があると吟味与力に任して置かず直々《じき/\》の御
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