ものか、己の店子に間違いが有っちゃア此の儘に捨置かれねえ、何処《どこ》までも詮議を為《し》なけりゃアならねえ、他《ほか》の事とは違う、婆アは何処に居る、姉さんは何処に居る」
 番「お虎婆アは先刻《さっき》帰りましたが、何《なん》でも是は姉さんに恨《うらみ》が有って仕た事でしょう、姉さんは間が悪いとでも思ったか、裏口から駈け出した限《き》り行方が知れません」
 金「夫《それ》は大変だ」
 と汗をダク/\かいて宅《たく》へ帰って参り、
 金「おい/\何故お前《めえ》お筆さんと一緒に湯に行《い》かねえんだ」
 蓮「だって尾張町の夫婦が子供を連れて来て漸《ようや》く帰して仕舞うと又|彌兵衞《やへえ》さんが来たのだもの」
 金「今本郷町の桂庵婆アがお筆さんに泥棒をしたって悪名《あくみょう》を附けやアがった」
 蓮「お前さん黙って居たかえ」
 金「己は跡から行ったのだから様子が分らねえ」
 蓮「お前さん何《なん》の為に行ったんだねえ」
 金「知らずに行ったのよ、板の間だと云う騒ぎなんだがお前さえ附いて行《ゆ》けば其んな事ア有りアしねえんだ」
 蓮「私は宅《うち》の片付け物をして居らアねお前さんこそブラ/\遊んでばかり居る癖に」
 金「遊んでやアしない、己が今湯屋の前を通り掛ると人が立って居るから、何うしたんだてえと、浪人者の姉さんがなコレ/\てえから慌てゝ帰《けえ》って来た…おゝ清左衞門さんか、此方《こっち》へお這入り、大変な事が出来た」
 清「へえー何う云うお間違いで」
 金「今家内に小言を云ってる処ですが、お筆さんと湯へ行《ゆ》く約束をしてお筆さんが誘って下さると、丁度客が来て居たもんですから、お筆さん一人で柳原町《やなぎはらまち》の湯へ行くと、本郷町の桂庵の婆ア、意地の悪そうな奴で妾の周旋《しゅうせん》をしたり何《なに》かしていけない奴です、其奴《そいつ》がお筆さんに己の巾着を取ったって、板の間から直《すぐ》に上《あが》って来てお筆さんの袂へ手を突ッ込んでお筆さんの袂から巾着を引出すと、僅かな金でも……腹ア立《たっ》ちゃアいけない、取ったと云うのではない、是には何か理由《いりわけ》の有る事だろうと思うが、今帰って、家内《これ》へ厳《やかま》しく小言を申して居る処で、お筆さんを奥へ連れてってなだめて居る内に、お筆さんが居なくなったのだが、桂庵婆アに突合《つきあわ》して掛合えば何うでもなるが、何ういう理由《わけ》だか薩張《さっぱり》理由が分らねえ、恨を受けるような事は有りゃアしませんか、姉さんは他人《ひと》に憎まれるような事は有るまいと思うが何か有りませんか」
 清「何処《どこ》へ参りました」
 金「何処へ行ったか分りません、世間へ対して面目なくお前さんに叱られると思って何処《どっ》かへ行ったのでしょう」
 清「はい私《わたくし》は斯《か》く零落を致して裏家《うらや》住いはして居っても人様の物を一厘一毛でも掠《かす》めるような根性は有りません、殊《こと》に御当家様から多分に此の春は戴き物をして何一つ不足なく餅も搗《つ》き明日《あす》は七草粥でも祝おうと存じて居ましたに、人様の物を取りますなんて」
 金「取ったか取らないか未だ分らない、なにお筆さんが人の物を取る訳はないが、お前さん何か本郷町の桂庵の婆アに恨を受けるような覚えは有りませんか」
 清「桂庵の婆ア、あの何《なん》ですか、色の黒い肥満《ふとり》ました…」
 金「左様」
 清「あの豊胖《でっぷり》肥満ました、頭の禿《はげ》た」
 金「左様」
 清「うゝむ、あの婆ア」
 金「ほら何か有るに違《ちげ》えねえんだ」
 清「昨年の十月頃から再度参り、お前の処の娘を他《わき》で欲しがる番頭とか旦那とか有るから世話を致そうと申しますが、私《てまえ》取合いませんでした、すると昨年の暮廿九日に又|私《てまえ》方へ参りまして、三十金並べまして、お前さんはお堅いけれ共三十金は容易《たやす》い金じゃアない、殊に暮ゆえ百金にも向うじゃアないか、此の金《きん》を取ってお嬢さんを他家《わき》の妾にしなさればお前さんの為めになる、悪い事は勧めないと申しますから、私《わたくし》は立腹致して、不埓至極な婆《ばゞあ》だ、仮令《たとい》浪人しても武士だ、一人の娘を見苦しい目掛手掛に遣れるものか、何《なん》と心得て居る、そんな事を云わずにと申して又金を出しましたから、私《わたくし》は立腹の余り婆の胸倉を捕《と》って戸外《おもて》へ突出して、二度と再び参る事はならんと云って、唾《つばき》を横ッ面へ吐ッ掛けて遣《つか》わしました」
 金「それだ、何しろ嬢さんの行《い》きそうな処は有りませんか」
 清「左様、何処《どこ》と云って尋ねて参る処も有りませんが、小日向《こびなた》水道町に今井玄秀《いまいげんしゅう》と申す医者が有りま
前へ 次へ
全34ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング