ら町役人《ちょうやくにん》筆を確《しか》と預け置くぞ、明日《みょうにち》改めて呼び出《いだ》すから左様心得ろ」
 ○「畏《かしこま》りましてございます」
 甲「双方立ちませえ」
 と云うので双方ともに起ち、下河原清左衞門は仮牢へ這入り、お筆は町役人が預かって帰りました。孫右衞門の悦びは一通りでありません。翌日になりますと、新吉原町辨天屋祐三郎抱え紅梅|并《ならび》に下河原園八郎という清左衞門の弟をお呼出しに相成るという一寸一息つきまして。偖《さて》其の次の日は、吉田監物家来下河原園八郎がお呼出しに相成り、縁側の処へ上下《かみしも》無刀で出て居ります。曲淵甲州公は御席《ごせき》に就きましたが、辨天屋の抱え紅梅は白洲迄は出て居ったがまだお呼び込みにはなりません。
 甲「吉田監物家来下河原園八郎」
 園「はっ、罷出《まかりい》でました」
 甲「其の方は三ヶ年以前の十一月三日、長谷川町の番人喜助に銘酒じゃと申して徳利《とくり》を持参致して毒酒を置いて帰り候由、番人喜助の女房梅なる者より訴えに相成って居《お》るが、夫《それ》に相違有るまい、何《ど》うじゃ」
 之を聞くと園八郎は額へ青筋を出しまして顔色《かおいろ》を変え、袴の間へギュッと手を入れて肩を張らし、曲淵甲州公の顔を眤《じっ》と見詰めて居りましたが、
 園「是は怪《け》しからん仰せにござります、長谷川町の番人に毒酒を与えましたなどと云うは毛頭覚えない事でございます、怪《けし》からんお尋ねを蒙るもので」
 甲「控えろ、其の方|如何様《いかよう》に陳じても天命は遁《のが》れ難い事で有る、其の方は監物の妾|村《むら》と申す者と密通致し、村の腹へ宿したる鐵之丞を家督に直さんが為に、本腹の金之丞へ毒薬を授け金之丞を毒殺致して妾の腹に出来たる鐵之丞を家督に直さんという企《たくみ》を致した事は上に於て篤と調べが届いて居《お》るぞ」
 園「是は何うも思い掛けないお尋ねを蒙りますもので何故《なにゆえ》に左様な事を」
 甲「黙れ、其の方如何様に陳じてももう遁れる道はないわ、辨天屋祐三郎抱え紅梅を呼出《よびいだ》せ」
 是から紅梅が出て来ましたが娼妓などは立派に着飾って出るもので、お白洲に出るような姿ではない。前《ぜん》申し上げます通り阿古屋《あこや》の琴責《ことぜめ》の様な姿で簪《かんざし》を後光の様に差《さし》かざして居《い》るから年を取って居ても若く見えます。ずいと出まして、御奉行の方を斜《はす》に向いて坐って居ります。
 甲「辨天屋祐三郎抱え紅梅、勇之助代かや、差添《さしそ》うたか」
 かや「差添いましてございます」
 甲「其の方亭主喜助に毒酒を置いて参った侍は是なる侍で有ろう、篤と面体を見い。近う寄って面体を見い」
 ずいと来て、
 紅「あらまア何うもまア図々しいじゃア有りまへんか、あんな高い処に昇《あが》って真面目な顔をしてえて上下《かみしも》を着てえてさ、何《なん》だッて此んな悪党に上下なんぞを着せて置くんですよ、牢の中へ入れたんじゃア有りまへんか」
 甲「いや前に取押えて入牢申し付けたは清左衞門と申す者じゃ」
 是から清左衞門をお呼出しに相成りまして、
 甲「兄弟で有るから能く肖《に》て居《い》るが、能く見ろ違うて居るだろう、篤と面体を見定めよ」
 という御沙汰で、紅梅は熟々《つく/″\》両方を見較べて清左衞門に向い、
 紅「まア何うも済まない、堪忍してお呉んなはいよ、肖《に》てえるったって本当に能く肖て居るんだものを、成程貴方の方が少し老けて居りますが余《あんま》り能く肖て居るからお前《ま》はんだとばかり思って済まない事をしましたが、此ん畜生、宅《うち》の人に毒を盛って是はお上のお上《あが》りの御酒だから惜しいんだなんぞと云やアがって、そんな高い処に上げて置かずに此処《こゝ》へ下《おろ》してお呉んなはいよ、私ゃアしがみ附くよ」
 甲「控えろ、仮令《たとい》三寸|不爛《ふらん》の舌頭《ぜっとう》を以て陳じても最早逃れられぬぞ、是なるは番人喜助の女房梅で有る、見覚えが有るか何《ど》うじゃ」
 と云われ流石《さすが》の園八郎も差迫って紅梅を見てこう下を向いて居ります。
 甲「何うじゃ、是にても尚陳ずるか、相違有るまい何うじゃ」
 園「え、恐入りましてございます」
 甲「縄打てえ」
 と云うとトンと縁から下へ突落《つきおと》されると直《すぐ》にバラ/\と来て縄を掛ける。最早|遁《のが》れる道はない、毒薬を盛ったに相違ないと云う事が速《すみや》かに分りましたから、此の者は主《しゅう》殺しに当りますから、磔刑《はりつけ》になるべき処を、吉田監物の家が断絶になるから家事不取締りで、此の園八郎も妾《しょう》のお村も斬罪に処せられ、吉田監物は半地《はんち》に残したはお上の慈悲でございます。又下河原清左
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