ゆうべ》盗賊が、へえー、何処《どこ》から這入りました、家尻を切ったって、へーえ何うもそれはとんだ事でしたな、お代《だい》に芳造《よしぞう》さんですか、それはまア不図《とんだ》御災難で」
 芳「へえ、酷《ひど》い目に遭いました」
 藤「少しも知りませんでげした」
 芳「土蔵や何かは余程気を注《つ》けますんですが」
 藤「へえー」
 と話をして居ります処へ件《くだん》の武家《さむらい》が雪駄でチャラリ/\腰掛へ這入って来ました。
 藤「おや是は入らっしゃいましそれ見なせえ嘘う吐くものか入らしった、さどうぞ此方《こちら》へ」
 武「昨日《さくじつ》は色々お世話に……今日《こんにち》は早くから出ようと思ったが少々余儀ない事で友達に逢って暇乞《いとまご》いなどをして居たんで少々時刻が遅れてお待たせ申して済みません」
 武「えゝ此のお方は」
 藤「えゝ組合の名主代で」
 武「大きに御苦労」
 與「えへゝゝ町内の小間物屋の娘をお助け下さり有難う存じます」
 武「はい御奉行のお退出《さがり》までは未だ余程|間《あいだ》が有ります」
 藤「えゝ殿様一体あの一件は何《ど》う云う事なんで、へゝゝ附かん事を伺います様だが、何ういう理由《わけ》かあの金子《きんす》をお上では不正金だって、三星の刻印が打って有るなどと申しますが」
 武「うむ、彼金《あれ》は芝赤羽根の中根兵藏方の家尻を切って盗んだのが丁度十二月十二日の晩でね、八百両取ったんだ」
 藤「へえー、其の盗賊が知れませんので」
 武「いや其金《それ》を取った賊は拙者だ」
 藤「えへゝゝ御冗談を、えへゝゝ」
 武「いや全くだ、何うも、悪い事を誰も知らん者は無い、賊を働くは悪い事で天道に背くとは思いながら、知りつゝ此の賊になるもねお家主、是は皆|前生《ぜんせい》の約束事かと思う、悪いから止《や》めようとしても止められんね、これは妙なもので、十四の時から私《わし》は盗賊を為《し》ます」
 藤「えへゝゝ御冗談ばかり」
 武「いや冗談じゃアない、実は中国の浪士で両親共|逝去《なく》なって伯母の手許に厄介に成って居《お》ったが十四歳から賊心を発《おこ》して家出をなし長い間賊を働いて居ったが是まで知れずに居ったのだがね」
 藤「へえー全く殿様が」
 武「あい、何うも止めようと思っても止められんものだね、私《わし》が取った金を遣ったんだと斯《こ》う云って出れば、お筆さんの助からん事は有るまい、私も長らく他人《ひと》の物を盗み取って旨い物を喰い好《よ》い着物も着たが、金子《かね》を沢山取った割合には夫程《それほど》栄耀《えよう》はせんよ、皆《みん》な困る者に恵んだ方が多い、可哀想だと思っては恵み、己《おのれ》の罪を重ねる道理だから止そうとは思い/\止められんと云う処が是が因果じゃな、前世の約束事で有ろう、もう天命を知りこゝらが丁度宜い死に処だ、私は廿九に成りますよ」
 藤「へえー、えへゝゝ、へえー」
 武「名乗って出てお上の御処刑を受けた跡でお題目の一遍も称《あ》げてお呉れ」
 藤「へえ、途方もない御冗談ばかり」
 武「いや冗談じゃア無い全くだ、其方《そちら》のお方は」
 藤「是は伊勢銀と申す町内の質屋の手代でげすが、昨晩盗賊が家尻を切りましたので今日《こんにち》お訴えに参って居りますので」
 というと武士《さむらい》は平気で、
 武「左様か直《すぐ》に分りますよ、昨夜お前さんの処の家尻を切ったのは私《わし》だよ」
 芳[#「芳」は底本では「若」と誤記]「え、貴方、へえー」
 武「それは気の毒千万な、お手数をかけて、全くはお家主が彼家《あすこ》は金持だとのお指図で……」
 藤「私《わたくし》は其んな事は云やアしません、驚いたなア」
 何うも沈着《おちつ》いたもので、是から八ツの御退出《おさがり》から一同曲淵甲斐守公のお白洲へ出ました、孫右衞門[#「孫右衞門」は底本では「孫兵衞」と誤記]の娘お筆も引出《ひきいだ》され、訴えの趣きを目安方が読上げますると甲斐守様がお膝を進められまして、
 甲「備前岡山無宿|月岡幸十郎《つきおかこうじゅうろう》」
 幸「へえ」
 甲「其の方が訴え出でたる趣きは十一月廿二日の夜《よ》芝赤羽根勝手ヶ原中根兵藏方へ忍び入り、家尻を切って八百両盗み取ったる金子の内を、数寄屋河岸の柳番屋の蔭に於て是なる筆に恵み与えたるに相違なく、筆には毛頭罪なき事であればお免《ゆる》しを願い度《たき》趣を訴え出でたるが全く其の方が盗み取ったる金子を是なる筆に遣わしたに相違ないか」
 幸「えゝ先夜は私《わたくし》が柳番屋の蔭を通り掛りますると、是なる筆が私の袖に縋って涙を零《こぼ》しながら頼みます故、何故《なにゆえ》袖乞をするかと尋ねましたら、父が長らくの患い、腰が抜けて起居《たちい》も自由ならず商売も出来ませんの
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