で、不断其の事ばかり思って居るから観音様の夢を見たのだ、あゝ観音様も分らねえと神や仏を恨む様な愚痴を云って居ましたが殿様が出て己《おれ》が遣ったと云って下さいますればお上に於いてもお疑いは無い事で、お筆は免されて帰れますが、少しも早く、成ろう事なら今晩帰る様に」
 武「今日は些《ちっ》と遅いから明日《あした》屹度帰す、是は誠に心ばかりだが……娘は明日屹度取戻してお前の家《うち》へ帰るようにして上げるが、此金《これ》は真《ほん》の心ばかりだ、是は決して不正金でも何《なん》でもない仔細の無い金子《かね》だから、どうか心置きなく使って下さい、私《わし》が遣ったに違いない」
 藤「誠に恐入ります、是は何うも娘を帰して下さるのみならず多分の金子《かね》を……」
 武「いや沢山《たんと》はないたった十金だから、何《なん》ぞ暖《あったか》い物でも買っておあがり」
 藤「是は恐入ります、おい孫右衞門[#「孫右衞門」は底本では「孫兵衞」と誤記]さん旦那様が十両下すったよ」
 孫「十両よりはお筆を早く帰して下さい」
 藤「そんな事を云うものじゃアない親父は少し取逆上《とりのぼせ》て居ますので」
 武「えゝお家主一寸自身番まで一緒に行って貰いたい」
 藤「へえ、自身番は直《すぐ》其処《そこ》で」
 武「少し御相談が有るから、じゃアお父《とっ》さん私《わし》は帰る、明日《あした》屹度お筆さんを帰すよ心配しちゃアいかん、心を確《しっ》かり持っておいで、大丈夫だから」
 藤「はい有難う存じます、又《ま》た多分のどうもお恵みで有り難う存じます」
 武「さ、行きましょう」
 藤「へえ、じゃア宜《い》いかえ孫右衞門[#「孫右衞門」は底本では「孫兵衞」と誤記]さん、今|宅《たく》の何をよこすから、旦那と一緒に自身番まで往って来るから、此方《こちら》へ入《いら》っしゃいまし、板ががた付いて居ます、修《なお》そうと存じて居ますが、遂《つい》大金が掛りますので、何卒《どうぞ》此方へ」
 武「はい/\」
 是から路地を出て町内の角の自身番まで参り、
 藤「誠に爺嗅い処で、何うか此方へ」
 武「いやもう構ってお呉れでない心配をせんが宜《よ》ろしい、え明日《あした》私《わし》が奉行所へ出て私が金子《かね》を遣ったに相違ない事を訴えれば、仔細はない、が長屋に事の有る時は支配を致して居《い》る処のお家主の御迷惑はお察し申して居る」
 藤「へえ実は私《わたくし》も心配致して居ましたが、殿様が遣ったと仰しゃって下さいますれば何も仔細ない事で」
 武「明日は少し早く四ツ時分から腰掛へ出て居て貰い度《た》い」
 藤「へえ/\四ツ時分からへえ成程」
 武「えゝ此の近辺でなんですかえ、金満家《かねもち》は何処《どこ》ですな」
 藤「えゝ金満家と申しますと」
 武「いえさ、町内で金満家の聞えの有る家《うち》は」
 藤「左様でございますなどうも太刀伊勢屋《たちいせや》などは大層お金持だそうで」
 武「他には」
 藤「質屋で伊勢銀《いせぎん》と云うが有ります」
 武「じゃア伊勢銀の方に仕様」
 藤「是からお出でに成りますなら御一緒に参りましょうか」
 武「いや一緒に行かんでも宜しい、エ、明日お筆さんをお前が引取に来なければならんから、組合を連れて印形《いんぎょう》持参でお出《いで》を願い度《た》い」
 藤「宜しゅうございます、承知致しました」
 武「あれは天正金《てんしょうきん》で有るか無いかは明日出れば分ります、大きに御厄介で有った」
 藤「まアお茶を」
 武「いえ宜しい、左様なら」
 すうっと帰って仕舞いましたから何《なん》だか家主にも薩張《さっぱり》分りません。家主の藤兵衞はあれ程の殿様だから嘘も吐《つ》くまい、併《しか》しよもやあの人が盗賊では有るまい、それにしても何《ど》う云う事であの金が彼《あ》の人の手に這入ったか、と考えて見たが少しも分りません、まさか彼奴《あいつ》が盗賊なら私《わたくし》が泥坊でござると云って奉行所へ出る気遣いは無いが何うしよう。と町代《ちょうだい》の與兵衞《よへえ》という者と相談の上で四ツ時に町奉行の茶屋に詰めて居ります。四ツ半に成っても来ません。
 與「藤兵衞さん」
 藤「えゝ」
 與「何《なん》だかお前の云う事は当《あて》にならねえ、未《ま》だ来やアしねえ、何《な》んだか変だぜ」
 藤「だって誠に品格《ひん》の好《よ》い、色白な眉毛の濃い、目のさえ/″\した笑うと愛敬の有る好い男の身丈《せい》のスラリとした」
 與「男振や何かは何うでも宜《よ》いが是は来ないぜ」
 藤「然《そ》うですな、おやお隣町内の伊勢銀さん何うです」
 芳[#「芳」は底本では「若」と誤記]「なに盗賊が這入りまして金を二百両盗まれましたから訴えるんで、宅《うち》は大騒ぎです」
 藤「昨夜《
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