し》が彼を牢へ遣った様なものでございます、然《そ》うして此の寒いのに牢の中へ這入りましては貴方彼は助かる気遣いはございません、繊細《かぼそ》い身体ですから、其の上今迄引続いて苦労ばかりして居りますので、身体が大概|傷《いた》んで居ります処へ又牢へ這入り寒い思いをして、彼に万一《もしも》の事でも有りますと、私は此の通り腰が抜けて居る、他に身寄|頼《たより》はなし死ぬより他に仕方がございません、お家主さん貴方|何卒《どうぞ》筆がお免《ゆる》しに成って帰れる様にお願いなすって下さいまし」
家「願うと云う訳にゃアいけない、素《もと》より家尻を切って取った八百両の内の金子《かね》だと云うから、何《いず》れ其金《それ》を呉れた奴が有るんだろうが、其奴《そいつ》が出さえすれば宜《い》いんだが、お調べが容易に届けば宜《よ》いが、調べが届きさえすれば彼《あ》の娘《こ》は帰るんだからね、是も災難だ」
孫「災難だって此様《こん》な災難が有る訳のものじゃア有りません」
家「お前が困るなら宅《うち》の奴も来るし、又長家の者も世話をして呉れるから然《そ》う泣いてばかり居ちゃア身体が堪らねえ」
孫「えゝ、神も仏もないんで、此様な災難に罹《かゝ》るてえのは、あゝ私は死にたい」
家「其様《そん》な気の弱い事を言ってはいけない、いか程|死度《しにた》いからって死なれる訳のものではない」
と頻《しき》りに宥《なだ》めて居る処へ、門口から立派な扮装《なり》をして、色白な眉毛の濃い、品格《ひん》と云い容子《ようす》と云い先《ま》ずお旗下《はたもと》なら千石以上取りの若隠居とか、次三男とか云う扮装《こしらえ》の武家がずっと這入って参り、
武「御免小間物屋孫右衞門[#「孫右衞門」は底本では「孫兵衞」と誤記]さんのお宅《うち》は当家《こっち》かえ」
家「はい、是は入らっしゃいまし、是は入らっしゃいまし」
武家「はい、御免を」
家「其処《そこ》は濡れて居りまして誠に汚のうございますが、サ、何《ど》うぞ此方《こちら》へ入らっしゃいまして……奥の喜兵衞《きへえ》さんが願って呉れたのだから…誠に有難う存じまして、斯《こ》ういう貧乏人の処へお出でを願いまして恐入りますが、能く来て下さいました、貴方は奥の喜兵衞さんから願いました、番町のお医者様で」
武「なに私《わし》は医者じゃアないが、貴方は何かえ、此の長屋を支配なさる藤兵衞殿と仰しゃる仁《かた》かえ」
藤「ヘエ/\、ヘエ」
武「今|御尊家《ごそんか》へ出たよ」
藤「私《わたくし》の宅《うち》へ入っしゃいました、左様ですか、えゝ此者《これ》がその孫右衞門[#「孫右衞門」は底本では「孫兵衞」と誤記]と申す者」
武「はい始めまして、えゝ承れば当家《とうけ》でもとんだ災難で、何かその数寄屋河岸の柳番屋の蔭へ袖乞いに出た娘に、通り掛った侍が金子《かね》を呉れて、それが不正金で親子の者が、図らざる災難を受けたというは気の毒な事で、お前は嘸《さぞ》かし御心配な事で」
藤「へえ誠に心配致して居りますので、何うか分りますれば宜《い》いと思って居ります」
武「いやそれは心配には及ばん、明日《あした》私《わし》が其のお筆さんと云う娘《こ》を町奉行所へ訴え出て帰れるようにして遣る、其の金は己《わし》が遣ったんだ」
藤「へえー、左様で、それなれば何も仔細無い事で、何かお上でもお疑いがございまして、不正金とか何とか云う事を申すので困りましたが、誠にどうも殿様が下さいましたのなら何も仔細は有りません、孫右衞門[#「孫右衞門」は底本では「孫兵衞」と誤記]さんお前さん一寸《ちょっと》御挨拶を」
武「はいお父《とっ》さんか始《はじめ》てお目に懸ったが実は日外《いつぞや》私《わし》が数寄屋河岸を通り掛るとお前の娘子が私《わたくし》も親の病中其の日に困り親共には内々《ない/\》で斯様《かよう》な処へ出て袖乞をすると言って涙を溢《こぼ》して袖に縋られ、誠に孝行な事と感服して聊《いさゝ》か恵みをしたのが却《かえ》って害に成って、不図《とんだ》災難を被《き》せて気の毒で有ったが、明日《あす》私が訴えて娘子は屹度《きっと》帰れる様にして上げるが、名前も明さずに金子《かね》を遣った処は誠に済まんが、明日は早々にお筆さんの帰れる様にして上げるから、金子を遣って苦労をかけた段は免《ゆる》して下さい」
藤「何う致しまして、有難い事で、お礼を云いなよ、殿様が下さったんだから心配はない」
孫「はい、誠に有難う、心の中《うち》で私《わたくし》は一生懸命に観音を信心致しました、どうも昨夜《ゆうべ》貴方少しうと/\致しまして夢を見て、観音様が私の枕辺《まくらべ》に立って、助けて遣るぞ助けて遣るぞと仰しゃいました、目が覚めますと矢張り宅《うち》に寝て居ったの
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