》へでもお使《つかひ》に来《き》たらお寄《よ》んなせえ、私《わつし》は歌舞伎座附《かぶきざつき》の茶屋《ちやや》で武田屋《たけだや》の兼吉《かねきち》てえもんです、何日《いつ》でもちよいと私《わつし》をお喚《よ》びなさりやア好《よ》い穴《あな》を見附《みつ》けて一|幕位《まくぐらゐ》見《み》せて上《あ》げらア、何《ど》うも大《おほ》きに有難《ありがた》うがした。大層《たいそう》お世辞《せじ》がよくなつて帰《かへ》りました。入違《いれちが》つて這入《はい》つて来《き》たのは、小倉《こくら》の袴《はかま》を胸高《むなだか》に穿締《はきし》めまして、黒木綿紋付《くろもめんもんつき》の長手《ながて》の羽織《はおり》を着《ちやく》し、垢膩染《あぶらじみ》たる鳥打帽子《とりうちばうし》を被《かぶ》り、巻烟草《まきたばこ》を咬《くは》へて居《ゐ》ながら、書生「ヤー御免《ごめん》なさい。若「へい入《い》らつしやいまし、何卒《どうぞ》此方《こちら》へ…。書生「アー僕《ぼく》はね開成学校《かいせいがくこう》の書生《しよせい》ぢやがね、朋友《ほういう》共《ども》の勧《すゝ》めに依《よ》れば何《ど》うも君《きみ》は世辞《せじ》が無《な》うて不可《いか》ぬ、些《ち》と世辞《せじ》を買《か》うたら宜《よ》からうちうから、ナニ書生輩《しよせいはい》に世辞《せじ》は要《い》らぬ事《こと》ではないかと申《まう》したら、イヤ然《さ》うでないと、是《これ》から追々《おひ/\》進歩《しんぽ》して行《ゆ》く此時勢《このじせい》に連《つれ》て実《じつ》に此《この》世辞《せじ》といふものは必要欠《ひつえうか》くべからざるものぢや、交際上《かうさいじやう》の得失《とくしつ》に大関係《だいくわんけい》のある事ぢやから是非《ぜひ》とも世辞《せじ》を買《か》うたら宜《よ》からうと云《い》ふ忠告《ちゆうこく》を受けたのぢや、僕《ぼく》も成程《なるほど》と其道理《そのだうり》に服《ふく》したから出かけては来《き》たものの奈何《いかん》せん、さう沢山《たくさん》余財《ぜに》がないから成《なる》べく安いのを一つ見せてくれ。主人「へい畏《かしこま》りました、書生《しよせい》さんのお世辞《せじ》だよ、エヽ此手《このて》では如何《いかゞ》でげせう。ギイツと機械を捻《ねぢ》ると中《なか》から世辞《せじ》が出た。発音器「アヽ杉山君《すぎやまくん》何《ど》うか過日《くわじつ》は何《ど》うも僕《ぼく》が酷《えら》く酔《よ》うた、前後忘却《ぜんごばうきやく》といふのは彼《あ》の事かい、下宿《げしゆく》へ帰《かへ》つて翌日の十時|過《すぎ》まで熟睡《じゆくすゐ》をして了《しま》うたがアノ様《やう》に能《よ》う寝《ね》た事は余《あま》り無いよ、君《きみ》はあれから奥州《あうしう》の塩竈《しほがま》まで行《い》つたか、相変《あひかは》らず心に懸《か》けられて書面《しよめん》を贈《おく》られて誠に辱《かたじ》けない、丁度《ちやうど》宴会《えんくわい》の折《をり》君《きみ》の書状《しよじやう》が届《とゞ》いたから、披《ひら》く間《ま》遅《おそ》しと開封《かいふう》して読上《よみあ》げた所が、皆《みんな》感服《かんぷく》をしたよ、何《ど》うも杉山《すぎやま》は豪《えら》い者ぢやの、何《ど》うも此《この》行文《かうぶん》簡単《かんたん》にして其《そ》の意味深く僕等《ぼくら》の遠く及《およ》ぶ処《ところ》ではない、斯《か》う云《い》つて皆《みな》誉《ほ》めて居《を》つたぜ、跡《あと》の方《ほう》に松嶋《まつしま》の詩があつたの
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松嶋烟波碧海流《しようとうのえんぱへきかいのながれ》 |瑞岩東畔命[#二]軽舟[#一]《ずゐがんとうはんめいずけいしうを》
|潮通[#二]靺鞨[#一]三千里《しほつうずまつかつにさんぜんり》 |雲接[#二]蓬莱[#一]《くもせつすほうらい》七十|洲《しう》
|一洗心身清[#レ]従[#レ]水《いつせんしんしんきよくよりももみづ》 |平[#二]分世界[#一]総如[#レ]浮《へいぶんしてせかいをすべてごとしうかぶ》
薫風忽送他山雨《くんぷうたちまちをくるたざんのあめ》 |隔[#レ]岸楼台鎖[#二]暮秋[#一]《へだつるきしをろうだいとざすぼしうを》
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とは何《ど》うも能《よ》く出来《でけ》た、夫《それ》はさうと君は大層《たいそう》好《よ》い衣服《きもの》を買《か》うたな、何所《どこ》で買《か》うた、ナニ柳原《やなぎはら》で八十五|銭《せん》、安いの、何《ど》うも是《これ》は色気《いろけ》が好《よ》いの本当《ほんたう》に君《きみ》は何《なに》を着ても能《よ》う似合《にあ》ふぞ実《じつ》に好男子《かうだんし》ぢや、彼《あ》の湯嶋《ゆしま》の天神社内《
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