オウ、滅法寒くなったから当てにゃアならねえぜ、本当に冗談じゃアねえ」
 ○「おい上方者の葛籠を盗むんだぜ」
 甚「ウン、違《ちげ》えねえ、そうだっけ、忘れてしまった、コウ彼奴《あいつ》ア太《ふて》え奴だなア、畜生誰も引取人《ひきとりて》が無《ね》えと思ってずう/\しく引取りやアがって、中の代物を捌《さば》いて好《い》い正月をしようと云う了簡だが、本当に何処《どこ》まで太えか知れねえなア」
 ○「ウン、彼奴《あいつ》は今丁度|食《くら》い酔って寝て居やアがる中《うち》に窃《そっ》と持って来て中を発《あば》いて遣《や》ろうじゃアねえか、後で気が附いて騒いだってもと/\彼奴の物でねえから、自分の身が剣呑《けんのん》で大きく云う事《こた》ア出来ねえのさ」
 甚「だがひょっと目を覚《さま》してキャアバアと云った時にゃア一つ長屋の者で面《つら》を知ってるぜ」
 ○「ナニそりゃア真黒《まっくろ》に面を塗って頬冠《ほっかぶり》をしてナ、丹波の国から生獲《いけど》りましたと云う荒熊《あらくま》の様な妙な面になって往《い》きゃア仮令《たとえ》面を見られたって分りゃアしねえから、手前《てめえ》と二人で面を塗って行って取って遣ろう」
 甚「こりゃア宜《い》いや、サア遣ろう、墨を塗るかえ」
 ○「墨の欠《かけ》ぐれえは有るけれども墨を摺《す》ってちゃア遅いから鍋煤《なべずみ》か何か塗って行こう」
 甚「そりゃア宜《よ》かろう、何《なん》だって分りゃアしねえ」
 ○「釜の下へ手を突込んで釜の煤《すゝ》を塗ろう、ナニ知れやアしねえ」
 と云うので釜の煤を真黒に塗って、すっとこ冠《かぶ》りを致しまして、
 ○「何《ど》うだ是じゃア分るめえ」
 甚「ウン」
 ○「ハ、ハヽ、妙な面だぜ」
 甚「オイ/\笑いなさんな、気味が悪《わり》いや、目がピカ/\光って歯が白くって何《なん》とも云えねえ面だぜ」
 ○「ナニ手前《てめえ》だって然《そ》うだあナ」
 とこれから窃《そっ》と出掛けて上方者の家《うち》の水口の戸を明けてとう/\盗んで来ました。人が取ったのを又盗み出すと云う太い奴でございます。
 甚「コウ、グウ/\/\/\寝て居やアがったなア、可笑《おか》しいじゃアねえか、寝て居る面は余《あんま》り慾張った面でも無《ね》えぜ」
 ○「オイ、表を締めねえ、人が見るとばつがわりいからよ、ソレ行燈《あんどん》を其方《そっち》へ遣っちまっちゃア見る事が出来やあしねえ、本当にこんな金目の物を一時《いちどき》に取った程|楽《たのし》みな事《こた》アねえぜ、コウ余《あんま》り明る過ぎらア、行燈へ何か掛けねえ」
 甚「何を掛けよう」
 ○「着物でも何《なん》でも宜《い》いから早く掛けやナ」
 甚「着物だって着る物がありゃア何も心配しやアしねえ」
 ○「何《なん》でも薄ッ暗くなるようにその襤褸《ぼろ》を引掛《ひっか》けろ、何でも暗くせえなれば宜いや、オ、封印が附いてらア、エヽ面を出すな、手前《てめえ》は食客《いそうろう》だから主人《あるじ》が見てそれから後で見やアがれ」
 甚「ウン、ナニ食客でも主人でも露顕《ろけん》をして縛られるのは同罪だよ」
 ○「そりゃア云わなくっても定《きま》ってるわ」
 と云うので是から封印を切って、
 ○「何だか暗くって知れねえ」
 甚「どれ見せや」
 ○「しッしッ」

        五

 甚「兄い何を考《かんげ》えてるんだ」
 ○「何《ど》うも妙だなア、中に油紙《あぶらッかみ》があるぜ」
 甚「ナニ、油紙がある、そりゃア模様物や友禅《ゆうぜん》の染物が入《へえ》ってるから雨が掛ってもいゝ様に手当がして有《ある》んだ」
 ○「敷紙が二重になってるぜ」
 と云いながら、四方が油紙の掛って居る此方《こちら》の片隅を明けて楽みそうに手を入れると、グニャリ、
 ○「おや」
 甚「何《なん》だ/\」
 ○「変だなア」
 甚「何だえ」
 ○「ふん、どうも変だ」
 甚「然《そ》う一人でぐず/\楽まずに些《ちっ》と見せやな」
 ○「エヽ黙ってろ、何だか坊主の天窓《あたま》みた様な物があるぞ」
 甚「ウン、ナニ些とも驚く事《こた》アねえ、結構じゃアねえか」
 ○「何が結構だ」
 甚「そりゃアおめえ踊《おどり》の衣裳だろう、御殿の狂言の衣裳の上に坊主の髢《かつら》が載ってるんだ、それをお前《めえ》が押えたんだアナ」
 ○「でも芝居で遣う坊主の髢はすべ/\してるが、此の坊主の髢はざら/\してるぜ」
 甚[#「甚」は底本では「新」]「ナニざら/\してるならもじがふら[#「もじがふら」に傍点]と云うのがある、きっとそれだろう」
 ○「ウン然《そ》うか」
 甚「だから己《おれ》に見せやと云うんだ」
 ○「でも坊主の天窓の有る道理はねえからなア、まア/\待ちねえ己が見るから」
 とまた二度目に手を入れると今度はヒヤリ、
 ○「ウワ、ウワ、ウワ」
 甚「おい何《な》んだ」
 ○「何《ど》うも変だよ冷てえ人間の面アみた様な物がある」
 甚「ナニ些とも驚くこたアねえやア、二十五座の衣裳で面《めん》が這入《へえ》ってるんだ、そりゃア大変に価値《ねうち》のある物で、一個《ひとつ》でもって二百両ぐれえのがあるよ」
 ○「ウン、二十五座の面か」
 甚「兄い、だから己に見せやと云うんだ」
 と云われたから、今度は思い切って手を突込むとグシャリ、
 ○「ウワア」
 と云うなり土間へ飛下りて無茶苦茶にしんばりを外して戸外《おもて》へ逃出しますから、
 甚「オイ兄い、何処《どこ》へ行《ゆ》く、人に相談もしねえで、無暗《むやみ》に驚いて逃出しやアがる、此の金目《かねめ》のある物を知らずに」
 と手を入れて見ると驚いたの驚かないの、
 甚「ウアヽヽ」
 と此奴《こいつ》も同じく戸外へ逃出しました。すると其の途端に上方者が目を覚して、
 上「さアお鶴《つる》起《おき》んかえ時刻は宜《え》いがナ、起んか」
 と云うとお鶴と云う女房が、
 鶴「お止しよ眠いよ」
 上「おい、これ、起んかえ」
 鶴「お止しよ、酒を飲むと本当にひちっくどい、気色《きしょく》が悪いから厭《いや》だよ、些《ちっ》とお慎しみ」
 上「何をいうのじゃ葛籠を」
 鶴「葛籠、おや然《そ》う」
 と慾張って居りますから直《す》ぐに目を覚して、
 鶴「おや無いよ、葛籠が無いじゃアないか」
 上「アヽ彼《あ》の水口が明いとるのは泥坊が這入ったのじゃ、お長屋の衆/\」
 と呶鳴《どな》りますから、長屋の者は何事か分りませんが吊提燈《ぶらぢょうちん》を点《つ》けて出て参りますと、
 上「貴方御存じか知りまへんが最前總助はんを頼んで引取りました葛籠を盗まれました、あの葛籠は妹《いもと》から預かって置いた大事の物で、盗賊に取られたのを漸《ようよ》う取り遂《おお》せたら又泥坊が這入って持って行《ゆ》きましたによって、同じお長屋の衆は掛《かゝ》り合《あい》で御座りますナア」
 △「ナニ掛り合の訳は有りません、路次の締りは固いのだがねえ、でも源八《げんぱち》さん葛籠を取られたと云うのだがどうしましょう」
 源[#「源」は底本では「甚」]「どうしましょうって彼奴《あいつ》は長屋の交際《つきあい》が悪くって、此方《こっち》から物を遣っても向《むこう》から返したこたア無いくらいだから、其様《そんな》に気を揉むこたア無いけれども、仕方がねえから大屋さんを起すが宜《い》い」
 ●「アノ奥の一人者の内に食客が居るから、彼処《あすこ》へ行って彼《あ》の人に行って貰うが宜《よ》うございましょう」
 △「じゃア連れて来ましょう」
 と吊提燈を提げて奥へ行《ゆ》くと、戸袋の脇から真黒な面で目ばかりピカ/\光る奴が二人這出したから、
 △「ウワアヽヽ何《なん》だこれおどかしちゃアいけない」
 と云う中《うち》に、二人とも一生懸命で路次の戸を打砕《ぶちこわ》して逃出しました。
 △「アヽ何《なん》だ、本当にモウ何《ど》うも胸を痛くした、こりゃア彼奴《あいつ》が泥坊だ、私は大きな犬が出たと思って恟《びっく》りした、あゝこれだ/\これだから一人者を置いてはならないと云うのだが、家主《いえぬし》が人が善《い》いから、追出すと意趣返しをすると云うので怖がって置くのだが宜《よ》くない、此処《こゝ》にちゃんと葛籠があるわ、上方者だと思って馬鹿にして図々しい奴だ、一つ長屋に居て斯《こ》んな事をするのは頭隠して尻隠さず、葛籠を置いて行くから直ぐに知れて仕舞うんだ、何か代物《しろもの》が残って居るかも知れねえから見てやろう、ウワアお長屋の衆」
 と云うから驚いて外《ほか》の者が来て見ると、葛籠が有るから、
 ●「おゝ彼処《あすこ》に葛籠がある、好《い》い塩梅《あんばい》だ、おや、中に、ウワア、お長屋の衆」
 と来る奴も/\皆お長屋の衆と云う大騒ぎ。すると二つ長屋の事でございますから義理合《ぎりあい》に宗悦の娘お園が来て見ると恟《びっく》りして、
 園「是は私のお父《とっ》さんの死骸|何《ど》うしたのでございましょう、昨日《きのう》家《うち》を出て帰りませんから心配して居りましたが」
 △「イヤそれは何《ど》うもとんだ事」
 というので是から訴えになりましたが、葛籠に記号《しるし》も無い事でございますから頓《とん》と何者の仕業《しわざ》とも知れず、大屋さんが親切に世話を致しまして、谷中《やなか》日暮里《にっぽり》の青雲寺《せいうんじ》へ野辺送りを致しました。これが怪談の発端でござります。

        六

 引続きまして申上げまする。深見新左衞門が宗悦を殺しました事は誰《たれ》有って知る者はござりません。葛籠に記号《しるし》もござりませんから、只つまらないのは盲人宗悦で、娘二人はいかにも愁傷致しまして泣いて居る様子が憫然《ふびん》だと云って、長屋の者が親切に世話を致します混雑の紛れに逃げました賭博打《ばくちうち》二人は、遂に足が付きまして直《すぐ》に縄に掛って引かれまして御町《おまち》の調べになり、賭博兇状《ばくちきょうじょう》と強迫兇状《ゆすりきょうじょう》がありました故其の者は二人とも佃島《つくだじま》へ徒刑になりました。上方者は自分の物だと言って他人の物を引入れました廉《かど》は重罪でございますけれども格別のお慈悲を以て所払いを仰せ付けられまして其の一件《こと》は相済みましたが、深見新左衞門の奥方は、あゝ宗悦は憫然《かわいそう》な事をした、何《ど》うも実に情ないお殿様がお手打に遊ばさないでも宜《よ》いものを、別に怨《うらみ》がある訳でもないに、御酒の上とは云いながら気の毒な事をしたと絶えず奥方が思います処から、所謂《いわゆる》只今申す神経病で、何となく塞いで少しも気が機《はず》みません事でございます。翌年になりまして安永三年二月あたりから奥方がぶら/\塩梅が悪くなり、乳が出なくなりましたから、門番の勘藏《かんぞう》がとって二歳《ふたつ》になる新吉《しんきち》様と云う御次男を自分の懐へ入れて前町《まえまち》へ乳を貰いに往《ゆ》きます。と云うものは乳母を置く程の手当がない程に窮して居るお屋敷、手が足りないからと云うので、市ヶ谷に一刀流の剣術の先生がありまして、後《のち》に仙台侯の御抱《おかゝ》えになりました黒坂一齋《くろさかいっさい》と云う先生の処に、内弟子に参って居《お》る惣領《そうりょう》の新五郎《しんごろう》と云う者を家《うち》へ呼寄せて、病人の撫擦《なでさす》りをさせたり、或《あるい》は薬其の外《ほか》の手当もさせまする。其の頃新五郎は年は十九歳でございますが、よく母の枕辺《まくらべ》に附添って親切に看病を致しますなれども、小児《こども》はあり手が足りません。殿様はやっぱり相変らず寝酒を飲んで、奥方が呻《うな》ると、
 新「そうヒイ/\呻ってはいけません」
 などと酔った紛れにわからんことを仰しゃる。手少なで困ると云って、中働《なかばたらき》の女を置きました。是は深川《ふかゞわ》網打場《あみうちば》の者でお熊《くま》と云う、年二十九歳で、美女《よいおんな》ではないが、色の白いぽ
前へ 次へ
全52ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング